布佐洞窟で縄文の歴史探求。
布佐洞穴遺跡(布佐洞窟住居趾)の特徴
お寺の境内を横切り、階段を登るアクセスが魅力です。
多層構造の洞窟で、全容が不明な神秘的な場所です。
縄文・弥生時代の遺物が見つかる歴史的な洞窟です。
お寺の境内を横切りその先階段を登った所に洞窟の案内板が見え迷わずに洞窟入り口に到達します。
| 名前 |
布佐洞穴遺跡(布佐洞窟住居趾) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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布佐洞穴遺跡(布佐洞窟住居趾)年代:縄文(後)〜弥生多層の構造になっている、全容が不明な洞窟※以下、看板より書き起こしこの布佐洞穴は、過去の調査により、住居跡、縄文土器、人骨、哺乳甲骨、貝類などが出土しています。記録に残る最初の調査は、1925年の小田島禄郎の調査です。砂鉄川流域には、石灰岩が発達したことにより、熊穴洞穴、川底洞穴、箕穴、姫穴洞穴など著名な洞穴遺跡が数多く分布しており学史的にも貴重な洞穴遺跡群と云えます。布佐洞穴は、石蔵山から砂鉄川に向かってのびる一分岐を構成する二畳系の布佐洞窟石灰岩のなかに発達した横穴式の鍾乳洞です。主洞の洞口は砂鉄川の沖積面(標高約20m)から約25mの高さに位置し、洞口から主洞の最奥部の通路の全長は約200mです。布佐洞穴が発達している石灰岩層は、ほぼ南北方向に細長く分布し、上・下位の黒色粘板岩層とともに西側に約60度傾斜しており、ふだん出入する主洞の上方にも通路(旧・主洞)があり、また、洞の下方にも空洞があって、多層の構造になっていますが全容は不明です。