実践女子大学創設者の歴史。
下田歌子勉学所の特徴
実践女子大学の創設者、下田歌子の勉強部屋が現存しています。
明知鉄道から徒歩5分の場所に位置する歴史的名所です。
岩村城の近くにあり、整備された美しい環境が魅力です。
立派な方ですね。
資料館でも見ためっちゃ頭がよい女性この辺の人らしい古屋の屋根に生えてる植物がいい感じ。
岩村城登城口から登り初めて100mくらい、綺麗に掃除、整備されているので、何か大事にされてるんだと実感しました👀今回、下田歌子女史の事を知り勉強に成りました。当時の美濃国恵那郡の岩村藩士の家から勤王の祖父と父は明治新政府に出仕、17才で女史も東京へ、18才で宮中に出仕して学識・教養と和歌の才能で皇后から「歌子」の名を賜るってどれだけ凄いんですか😲明治26年(1893)~5年間、欧州渡航、英国/ヴィクトリア女王にも謁見、今でも難しい事を今から130年前に、何か凄い行動力・思考の高さですね🤔帰国後、女子教育に生涯を捧げて実践女子大学の基礎を築いたと、それも当時としては長命で享年82才(昭和11年😲)、物凄いパワフルな人生❗️この小さな勉学所から東京/宮中~英国/王室を経験するって、本当に感心しました。
彼女が実践女子大学創設者と初めて知りました。綺麗に整備されていて嬉しく思います。
明知鉄道からバスで5分。岩村城跡への途中。こんな田舎からオックスフォード大学に行き、実践女子大学を創設された下田歌子さんは凄い。
女というだけで満足に勉強をすることも許されなかった時代があったとは。先人の偉大さを痛切に感じた。(2021_02_22)
下田歌子の勉強部屋が残されています。内部は非公開です。
ちっちゃ何人入れたのかここも公開されてません。
休憩用のベンチに加えて、胸像と案内板がある美しい歴史的名所。(原文)Bonito local histórico com bustos e placas informativas além de banco para descansar .
| 名前 |
下田歌子勉学所 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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2025年6月7日に訪問。案内板の内容はこちら。下田歌子勉学所下田歌子女史の祖父は東条琴台で、「聖世紹胤録」など多数の著述をもつ学者であり、父鍗蔵も岩村藩校知新館の教授をしたことがある学者の家庭に生まれ育った。女史は五才で俳句をつくり和歌を詠み 七、八才にして美事な韻を踏んだ漢詩を賦し、神童と呼ばれた。」しかし。女であるため、すぐ近くにある知新館に学ぶことは許されなかった。家庭において祖母貞から読み書きの手ほどきをうけ祖父と父の豊富な蔵書を読みあさって、次第に頭脳を多彩的なものとし、詩的な情操をより豊かにしていった。独学で修めた和漢学は知新館の教授も驚嘆するほどになった。この室は父の書斎であり、女史の勉強した室である。幼い頃から女史の胸中に秋かに燃えていた炎は、女というだけで知新館へ入学できなかったという反発であった。十八才で上京し、やがて実践女子学園を創立するにいたった苦難の道を進むのを支えたのは、この炎であった。