阿木城跡で新たな発見!
阿木城跡の特徴
阿木城跡は訪れる価値がある、静かで整備された道が魅力です。
地元の方々が管理し、御城印を無料で提供してくれるのが嬉しいです。
織田と武田の争いに登場し、遺構がしっかり残っているのが驚きです。
安木遠山○○朗景○が代々守ったようですが1,550年頃迄か…八幡神社との関連から阿木城跡で問題ないと思われるが…1,500~1,550年頃の資料が不足。全般的には、遠山氏流の築城形式が強く残ってる、虎口手前の、今は墓地の場所も城域に入ると思います。織田、武田の合戦(一次二次)迄に落城か開城した様です、その後は入れ替わり立ち替わり織田、武田の武将が入った様で…堀田(豊臣)、振田(松平)、大藤(織田・中津城主?)、戸田(織田)、天野(武田)・・・1,580年以降は廃城に為ったか…※二次資料が欲しいですね。
ルートは4つありました駐車場のあるコースから登りました時間を測ってなかったのですが城跡まではゆっくり散策しながらでも20分かからないと思います地元の人たちがしっかりと管理しているみたいで歩き易かったです。
2022年8月15日に行って来ました。行き方Googleナビで阿木城跡大手登城口へセットすると行けます。県道407号から行く時は道が狭い為十分注意が必要です。駐車場専用駐車場有りです。登城口の反対側に砂利になってる所が駐車場です。注意点滑りやすいので登山靴で行くのをお勧めします。登城口は注意書きがあるのでルールは守りまょう。登城口から登ると途中まで手入れがされていて登りやすいです。所要時間は40分程有れば大体全部回れますが途中滑りやすい所も有り注意は必要です。歴史背景ここからネット引用です。阿木城は戦国時代、遠山氏が岩村城防衛のために築いた遠山十八支城のひとつです。武田信玄の家臣・秋山信友に落とされた後は織田・遠山方の最前線基地として整備されましたが、1574年(天正2年)に武田勝頼の攻撃によって陥落し、そのまま廃城となりました。城址には曲輪跡や堀切などの遺構を確認することができます。また現地は阿木城跡保存会の方々により散策路などが整備されています。
阿木城まで400メートルの看板からは、車1台分の狭い道が400メートルずっとでした。対向車が来なくて良かったです。柵がされていて扉を開けて山に入ります。中は草刈りなど手入れがされているので、虫なども安全でした。「堀切」などの看板もあちらこちらにあるので分かりやすく、遺構を見逃さずに見て回れました。保存会の方々ありがとうございました。
到着するまでの道は少し狭く、対向車に注意し、駐車場も傾斜があるので、バイクは横転注意!入り口には手作りの案内板があり、かなり分かりやすくなっています。また、パンフレットなども置いてあります。ルートは4種類あり、景色が特に綺麗なAゲートから登るのがおすすめです。頂上までの道のりは滑りやすい場所もあるので、慎重に❗️もしかすると、元国鉄職員の方にお話を伺える事もあるかもしれません。
よく整備されていて見学しやすい。駅からも近く、案内も充実して訪れやすい。しかし、二重堀切のところでスズメバチに追いかけられた。ほんと奴らは滅亡してほしい。
500m位の山にひっそりとあります。周りは整備され城郭がしっかり見る事が出来ます。保存会の皆様ありがとうございます。
足元の草刈などしてあってのぼりやすかった。地元の方に感謝岩村城と苗木城の間にある城なので重要な場所かなと感じます。木がもう少し無いと眺めは良さそう。
保存会の方々により良く整備されているので散策し易く、堀切や土塁等の遺構が確認できます。
| 名前 |
阿木城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
岩村城防衛の支城として築かれた遠山十八支城の一つと言われている東美濃における織田と武田の最前線のため戦国時代末期の山城として改修されている無料パンフレットに遺構を説明する案内板が設置されている堀切や竪堀といった遺構が見やすく整備されているため岩村を訪れたらセットで訪れておきたい駅からも徒歩で10分程で登城口にたどり着く。