地方病の歴史を学ぶ、杉浦醫院巡り!
昭和町風土伝承館 杉浦醫院の特徴
地方病撲滅に尽力した山梨の医師の業績が詳しく学べます。
大正時代の医院や医療器具がそのまま残り、貴重な史跡です。
杉浦医師の説明が心に響き、深い学びの場となっています。
昔の病院をそのまま小さな伝承館にした建物で展示と建築物の両方共に見応えがあり館長と職員の女性もとても親切にご説明をしてくださいます。Wikiや動画サイトで「地方病」「日本住血吸虫」等で予備知識をつけてから行くと数倍多く楽しめるのでお勧めです。入館料200円。無料駐車場有。
丁寧に管理されている、素晴らしい資料館です。記事の秀逸さからWikipedia 3大文学と呼ばれるうちのひとつである『地方病(日本住血吸虫症)』の、治療と研究の最前線であった医院。備品や設備などが昔のまま展示されている。館長さんの丁寧な説明と各所にある掲示物に加えてタブレットによるAR動画視聴、2階ではテレビでの動画視聴と本や新聞の切り抜きを見ることができました。中間宿主であるミヤイリガイの実物もあり。休日には裏の蔵にある物品なども見学でき、昭和レトロ好きな人にもおすすめ。
「かつて甲府エリアで蔓延した地方病を診察した病院。今は後世に残すべく、伝承館として存在」かつて日本には数カ所、地方病と呼ばれるものがあったらしく、その中でも甲府エリアでのそれが、一番規模が大きかったとのこと。まるで時が止まったかのような佇まいの建物の中は、かつての病院としての側面と資料館としての側面を併せ持つ。ノスタルジックな風景は最高でしたが、ここで多くの患者さんが亡くなっていった事実は大変痛ましいもの。おそらく社会科見学などでもう既に利用されているとは思いますが、今後もそういう活動は続けるべきだと思います。病気という暗い面だけでなく、併設されている日本庭園の四季の景色はとても綺麗そうですし、ホタルの鑑賞もできるそうです。
地方病の事を知り伺いましたざっくりとしか知らなかったのでとても勉強になりましたこの事は必ず伝えて行かなければいけない出来事だと思っています館長の説明とても心に響きましたこれからも応援します。
日本住血吸虫症の動画を見て訪れました。いろいろなお話を聞くことができて良かったです。山梨県は既に解決されたこととして日本住血吸虫症について無かったことのようにしている姿勢が垣間見えるとの事でしたが、この地方病が撲滅できたのは医療関係者、山梨県関係者、山梨県民が尽力した偉業であると個人的には思いますので、むしろ誇るべき事だと思います。
wikipediaで日本住血吸虫の記事は何度も読んでいました。建築好きなので昭和初期の病院建築が中まで見れるとだけ知って見に行ったら、ガツンと繋がりました。管理人の方に自由見学か30分程度の案内をするかと聞かれ、案内をお願いしたのですが1時間弱楽しい時間を過ごせました。建築好きの観点で口コミ投稿させていただきます。敷地内には母屋や土蔵もありますが、公開されているのは病院のみです。母屋は屋根瓦が落ちて痛みが進んでいますが、病院はしっかりしています。驚いたのが床板で、補修跡が無いのに軋みがありません。公開前の検査でも耐震補強無しで問題無しとなったそうで、お手洗いの一部と事務所化している一部屋以外は調度品や薬瓶等も当時のままになっています。もともと裕福な家系だったのもあり、応接室はシャンデリアと格天井と金持ち感もあります。応接室と診察室の呼び鈴ボタンも残っており、各部屋探すと奥様がいたという調剤室兼受付の部屋にベルがありました。かつてシャワー室だった洗面所の床、亀甲張りタイルの左官仕事も残っています。調剤室の薬棚はあとからアクリル板を入れていますが、毒薬シールの貼られているガラスは当時のままの様で遮光性のある手吹円筒法と思われる歪みがありました。冷凍保存されたかのような病院建築、堪能できました。
お隣の県で、100年以上にわたり県を挙げて病気と死闘を繰り広げていたことを初めて知りました。よくぞ病気のメカニズムを突き止め、宮入貝撲滅に向けて気の遠くなるような取り組みをしてきた事に心を動かされましたし、日本人として誇りに感じました。罹患された方々やご家族の中には、思い出したくもない記憶と捉えている方もいらっしゃるかとは思いますが、努力と偉業を後世に伝えていくために、ぜひこのような施設を保存していって欲しいと思いました。
まずはWikipedia文学の最高傑作「地方病 (日本住血吸虫症)」の記事をご覧ください。話はそれからです。地方病は甲府盆地に暮らす人々を数百年に渡って苦しめた風土病で、武田二十四将のひとり、小幡又兵衛も地方病で亡くなったと考えられています。ひとたび罹患すれば治療の術はなく、腹がふくれあがったあげく肝機能障害によって死に至ります。ゆえに患者は、割れれば元に戻らぬ「茶碗のかけら」にたとえられました。杉山なかの献体により後に日本住血吸虫と名付けられる寄生虫が病因と判明したものの、感染経路の特定にはさらに時間を要しました。宮入慶之助博士によってミヤイリガイを中間宿主として水中でヒトに感染するプロセスが解き明かされるに至って、病気撲滅の機運が盛り上がります。とはいえ容易に遮断できる感染経路であればとうの昔に体験的な予防法が確立していたわけで、中間宿主を経てあーだこーだと説明したところで人々の理解を得られるはずもありません。学者先生であればさじを投げたくなるような状況にありながら、私費を投じてまで人々の啓蒙につとめ、地方病の根絶に大きく貢献したのが郷土医の杉浦健造と三郎です。三郎は建造の娘婿にあたります。当施設は二人の業績の顕彰を第一の目的としていますが、建物は明治中期の貴重な病院遺構として国の登録有形文化財に指定されていて、展示されている収蔵品の数々にも興味をそそられます。地方病撲滅に至る苦難の歴史を知っていればもう、感涙ものの史跡です。
日本住血吸虫症(地方病)に関する資料館・博物館です。Wikipediaの記事を見て興味を持ったので訪問。当時の診療所がほぼそのまま資料館となっています。2階は地方病に関する新聞の切り抜きや書籍がおいてあり、閲覧は自由です。また、職員の方に声掛けすれば資料映像なども閲覧可能です。こじんまりとはしていますが、なかなかのボリュームがあり、地方病に対する理解が深まりました。訪問したのは日曜日でしたが自分の他に来館者はおらず、貸し切り状態でした。駐車場は未舗装ですがそれなりの広さがあり、トイレも併設されています。
| 名前 |
昭和町風土伝承館 杉浦醫院 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
055-275-1400 |
| 営業時間 |
[金日月火水木] 9:30~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.7 |
| 住所 |
|
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2025/12/14youtubeのゆっくり解説で日本住血吸虫のことを知り、いつの日か訪れたいと思っていました。勉強になりました。