長篠の戦い、土屋昌次の痕跡。
土屋右衛門尉昌続屋敷跡の特徴
長篠設楽原合戦の歴史を感じられる場所です。
壮絶な討死が描かれた屏風絵が印象的でした。
土屋昌次の屋敷跡として多くの人々に親しまれています。
私は、元旦那の苗字が土に点がつく土屋でしたので婚姻時の苗字をそのまま使用していますが、元は渡邉です。この右衛門尉とは無関係です。30代で没して子がいないとの事で、血脈関係では弟の昌恒という武将が家系関係に繋がる様です。主従関係のみの右衛門尉、珍しい人ですよね。
長篠設楽原合戦での、奮戦し馬防柵直ぐ側で壮絶な討死は屏風絵にも描かれてますね。
長篠の戦いで戦死した土屋昌次の屋敷跡。
| 名前 |
土屋右衛門尉昌続屋敷跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
土屋右衛門尉昌続屋敷跡。山梨県甲府市古府中町6005−6。武田信玄の奥近習六人衆の一人で、信玄のもと川中島の戦い等で活躍、その地位を確立していくが、天正3年(1575)の長篠の戦で佐久間信盛の陣を打ち破るが、激闘の末に戦死したとされている。現在は閑静な住宅地の一画に屋敷跡の説明版が残っている。