丸亀港の灯籠、太助の記憶。
太助燈籠(金毘羅講燈籠)の特徴
フォトジェニックな太助燈籠は印象的な建造物です。
金毘羅大権現に由来する灯籠の歴史は深いです。
丸亀市は金毘羅宮の参拝客で栄えた港街です。
金比羅参りの海の玄関口だった丸亀港の繁栄ぶりを今に残す貴重な灯籠です。他にも数基の灯籠があったそうですが、先の大戦で金属類回収令で壊されてしまったそうです。
フォトジェニックな印象的な建造物です。見に来て良かった。戦時の金属供出を免れたとか。貴重です。
上州出身の塩原太助の名前を冠した灯籠にびっくりした。炭団で一代で財を成した塩原太助が金刀比羅詣の丸亀の港に造られた常夜灯に大金を寄進した。
あまり詳しい事は分からないけど、観光スポットだと聞いて、やってきました。地元のスポットなので、盛り上げて、観光客に来てもらうように、地元の人、丸亀役所も頑張ってください。
金毘羅大権現とは、その昔はもはや神仏派生の独自の宗教だったんだと思う。
金毘羅講が寄進した灯籠。大変立派な八角形の青銅製です。かつては四基あったそうですが、大戦中の金属供出で残るはこの一つだけとのこと。
太助は群馬で有名な塩原太助のことです。歌川広重さんの名前もあります。駅から徒歩5分なので途中下車して見に行くのもありです。
丸亀市は、その昔金毘羅宮の参拝客で栄えた港街。天保の時代から船の往来を支えた青銅の灯籠。近くから見上げるとその迫力に圧倒されます。また、海の景色も良く、昔の景色を心に浮かべてみるのも観光には良いかも。
ここに行こうと思って行かなければ、中々たどり着くこともないと思う。近くに住んでいたことがあったが、そういえば、、というレベルだった。今回初めてじっくりと鑑賞。いやこれ江戸時代のものでしょ?どんだけのカネかかってるんだよっていう豪華さ。金毘羅船船で歌われた頃の栄華がよくわかる。対岸にも設置されていたが戦時の供出で失われてしまったとか、、本当に罪作りな戦争だ。丸亀市もこんだけ立派なものがあるのになんでもうちょっと上手く宣伝出来ないのかなあ。正直、日光の灯籠とかに引けを取らないと思いますよ。
| 名前 |
太助燈籠(金毘羅講燈籠) |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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丸亀駅からは歩いて5分ほどです。とても味のある灯籠で歴史を感じます。聞けば、江戸時代に金毘羅詣の客で賑わった参拝客を乗せた船の船着き場の灯籠とのこと。旅の途中にふらっと立ち寄ったのですが、風情を感じるとても落ち着けるスポットです。