四国の玄関を支える、大丈夫。
香川県独立の父 中野武営像の特徴
高松市街の歴史や文化を象徴するスポットです。
四国の玄関の賑わいが感じられる立地です。
近代香川の礎を築いた中野武営像があります。
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近代香川の礎を築いた「大丈夫」
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| 名前 |
香川県独立の父 中野武営像 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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この人なかりせば、眼前にある「四国の玄関」のにぎわいも、後背の「瀬戸の都」と呼ばれる高松市街の広がりもなかったろう。中野武營。幕末にこの地に生まれ、明治から大正にかけての近代日本の黎明期を駆け抜けた「大丈夫」である。官吏、政治家、実業家・・・様々な立場にありながら、「富貴も淫する能わず、貧賤も移す能わず、威武も屈する能わず」という孟子の教えを貫いた。その生き方が維新以降、隣県との統廃合を繰り返した旧讃岐国の独立を勝ち取り、澁澤榮一とともに勃興する商工業者の声をまとめ、日本経済の発展に大きく貢献した。手がけた企業は、近代化の礎となる業種ばかり。利得や名声を求めず時代が請う大志に殉じた七十年だった。商工業者の声を背負って日露戦争後の偏武政治を厳しくただす姿が大正デモクラシー発火点の一つとなったこと、明治末期に日米実業家の相互交流を成功させ、民間外交の扉を開いたことも忘れられない。没後百年を超え、中野武營は再びこの地に立ち、両の手を日本へ、世界へと広げる。合和六年十月六日之を建つ。