悠然と泳ぐ錦鯉、三原城の記憶。
三原城 船入櫓石垣の特徴
三原城は戦国武将小早川隆景が築城した史跡です。
舟入櫓跡はかつて海に面し、今はビルが隣接しています。
鯉が泳ぐ石垣下のお堀は、良く整備された絶好の休憩スポットです。
鯉がのんびり泳いでいます。雰囲気が残っています。壊さなくて良かった。
海城、浮城の三原城。築城当時の姿は明治時代の写真からしかはかり知れませんが、海に建設するんでしから、高度な土木工事ですね。明治に入り、ことごとく地方の城は取り壊され、近代になれば三原城突切って新幹線を通したり。まあ、良くぞ現代まで残ったと思います。いつまでも残って欲しいと思わずにいられません。
舟入櫓石垣の石碑から奥の道へ石垣の東の角の岩は 岩礁でここより南は、昔海だったそうです舟入櫓跡には座る場所もありよく整備されていました。
2026/1/10三原城は、戦国武将の小早川隆景が築城を始めたお城で、満潮時には海に浮かんでいるように見えたことから「浮城(うきじろ)」とも呼ばれ、舟入櫓跡は、かつては海に面していて船が出入りするための場所で今は埋め立てられビルや住居が隣接しています。櫓があった曲輪は、現在の城下町公園にあたり、石垣の隅角部には、築城時に活用された岩礁も残っています。江戸城や大阪城は敷地が広大でしっかりと区画割しているが市街地が迫っていて当時と今のギャップをとても感じる城址です。なんなら三原城本体は城址に新幹線が走っていてそのアンバランスとか違和感が半端ないです。
三原駅の南口を出ると、すぐ目の前に海が広がっています。駅前の喧騒は控えめで、どこか懐かしい空気が漂っていました。少し歩くと、三原城の石垣が見えてきます。かつての船入櫓の跡には、静かな時間が流れていました。観光地というより、日常の中に歴史が溶け込んでいるような場所です。
地上は灼熱の中、お堀の中では、お高そうな見事な錦鯉が悠々と泳いでおりました。風流ですな。
市街化で大半が破壊された三原城の遺構。かつてあった船入櫓の石垣と堀の一部が残っている。
お城があるわけではなく、城壁の残りがあるだけです。小さなお堀がありますが、水はかなり濁っています。
◎文化遺産の破壊の愚かさを伝える史跡⚫︎威容を誇った三原城の無残な姿に涙する😢⚫︎タリバンの世界遺産破壊を非難できないレベル◎良い点⚫︎石垣下の堀に、鯉が泳いでいる。⚫︎石垣周囲をきれいに整備している点は評価できる。
| 名前 |
三原城 船入櫓石垣 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[金土日月火水木] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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☆天守台の南東側、JR三原駅からほど近い街中に立派な石垣が広範囲で遺されているのが「船入櫓跡 石垣」👀打込接乱積、南東隅の下部は岩盤(岩礁)の上に立ち上がる構造、さらに不思議は軟弱地や海などに近い津城・今治城などに見られる基礎部の補強普請「犬走り」が無いこと、岩盤(岩礁)部を基礎としない石垣が水中(海)から立ち上がってる高等技術、小早川隆景か福島正則の普請、案内板には「福島正則」時代の普請とありました。案内板の写真を拝見すると海に突き出した「船入櫓」曲輪は中々壮観、隅部下部の石垣が写真の中に写っている形状も一緒、約400年前のままがこの地に遺ってました、貴重🤔