江戸三十三観音 巡礼で訪れよう!
清林寺の特徴
江戸三十三観音霊場の第8番札所として建立されています。
新しく建設中の飛鳥時代様式の木造三重塔が魅力的です。
気さくな住職と副住職の丁寧な対応が心を温かくします。
お墓参りで訪問させて頂きました。入り口入って、右側にある足場を組んだ工事中のような場所は、母曰く、もう30年近くあのような状態らしい笑建てるお金がないのか…心配です。お墓は、もう放置されてしまったお墓も所々ありました。入り口の枝垂れ桜が綺麗です。あと、正面入り口の正面にある池におたまじゃくしさんがたくさんいました。無事巣立ってくれる事を願います。
清林寺は浄土宗の寺院で文明15年(1483)に神田で開山。江戸城拡張工事に伴なって現在地に移ったのは慶安元年(1648)。境内には、桜、牡丹、ハナミズキ、手入れの行き届いた松や柘植があり、美しい景観を呈しています。さりげなく置かれた石灯篭や石塔が寺院の長い歴史を物語っているように感じます。
清林寺は浄土宗のお寺で、山号は東梅山、院号は花陽院。観誉龍脱和尚が開山となり、永正年間(1504~1521) に神田四軒町付近に創建。当地へ移転したのは慶安元年(1652)のことです。上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場15番、江戸三十三観音霊場8番でもあります。座像のお地蔵さんにも出会うことができました。
歴史あるお寺さん桜が咲いていました天暦和尚が中興、慶長年間(1596-1615)神田柳原へ移転、慶安元年(1652)当地へ移転しました。当寺の観世音菩薩は江戸三十三観音霊場8番、上野王子駒込辺三十三ヶ所観音霊場15番です。
お金儲けと遊ぶことが大好きという感じのお寺です。
とても気さくな住職と副住職が丁寧な対応をしてくれます。
静かで落ち着いたお寺さんでした、右方面には現在三重塔が建築中ですお堂の前にお隣のお寺からやってくるもふもふの猫が時々現れます。
江戸三十三観音霊場巡りで伺いました。法要中と言うことで、書き置き御朱印頂きました。
江戸三十三観音霊場の参拝でお伺いしました。浄土宗のお寺で東梅山花陽院清林寺といい、霊場第八番札所になります。太平洋戦争末期の東京大空襲により本堂・書院等全て焼失、終戦までの一年間御本尊阿弥陀如来像を石造りの納骨堂の地下に安置し、境内の防空壕で寺務をとり清林寺を守り続けた。戦後わずか四年で檀家の方々、住職の努力により仮本堂・本書院が完成し目覚ましい復興の第一歩を遂げた。江戸時代の清林寺は境内1.232坪で本堂の間口六間半奥行六間で、御本尊は阿弥陀如来木像・薬師如来などがあったとの記録がある。境内には木造建築にこだわった飛鳥時代様式の三重塔が建築中です。
| 名前 |
清林寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
03-3821-2581 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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清林寺は、向丘二丁目にある日蓮宗の寺で、江戸三十三観音霊場の札所にも数えられる寺です。文京区の寺町らしい静かな空気の中にありますが、光源寺や浄心寺と並ぶ向丘の寺院群の一つとして歩くと、この一帯が江戸以来の宗教空間だったことがよくわかります。文京区の景観資料でも歴史的寺社の一つとして位置づけられ、現在の町並みの中でも、寺地の連なりが景観の骨格をつくっていることが感じられます。派手な観光寺院ではありませんが、観音霊場の札所という巡礼文化の記憶と、向丘の落ち着いた地誌が重なって見えるところに味わいがありました。光源寺や大円寺とあわせて歩くと、文京区の寺町の奥行きがいっそう見えてきます。