須磨寺参道の不思議な広場。
島守の広場の特徴
驚きと感動に包まれる不思議な広場で心を癒す体験ができます。
元管選沖縄県知事の自宅跡があり、歴史を感じられる場所です。
須磨寺参拝の帰り道に立ち寄りたくなる魅力的なスポットです。
驚きと感動に包まれる不思議な広場(ポケットパーク?)沖縄戦最後の県令(知事)島田叡さん、神戸ご出身とは聞いていたが、まさか須磨区須磨寺町に生家があったとは!!兵庫県民のみならず、沖縄県民各位にも生涯一度は訪れて欲しい。祈念広場建立に関わられた全ての方々、中でも「須磨島守の会関係各位」に本土出身沖縄県民を代表して心から感謝御礼申し上げます。
元管選沖縄県知事、太平洋戦争、沖縄戦時の知事の自宅跡、兵庫高校(旧二中)にも碑があり、島守として知られている。
須磨寺参拝の帰り道、参道の空き地に何故か気になる小さな案内板(金属プレート)雨模様でもあったので素通りしても不思議ではない小さな空き地。ただ、まさに髪は無いのに?後ろ髪引かれる感じがしてその緑地(ポケットパーク)の存在を知ってびっくり仰天‼️なんと尊敬というか畏敬をも超える存在の『島田 叡(しまだ あきら)さん』顕彰広場だった。これは個人的に、今世紀最大最高の発見発掘になる予感しかしない。
大東亜戦争の戦局が悪化し、いよいよ本土決戦を覚悟しなければならなくなった昭和20年初頭、沖縄県最後の官選知事として敢然と沖縄に赴任した島田叡さん。制空権をアメリカに支配される中、自ら台湾に飛び大量の米を買い付けて県民の飢餓を救ったほか、数十万人の県民を九州方面に疎開させて数多くの沖縄県民の命を救った知事。米軍が上陸し、南下してくる中で警務部長(現県警本部長)の荒井退蔵さんや県庁職員とともに多くの県民を引き連れて避難行を行い、たくさんの沖縄県民の命を救った。「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」。一億玉砕が固く国民に信じられていたあの時代に命を守ることこそが何よりも大切と胸を張って主張し、それを堂々と実践した島田叡さんは兵庫、神戸の誇りでありこれからもしっかりと語り継がれてほしいと思います。
| 名前 |
島守の広場 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
〒654-0071 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町3丁目2−11 |
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須磨寺の参道にあるこじんまりとした広場です。植木と芝生が植えられた憩いの空間です。以前は写真に映ってるように雑草だらけの芝生でしたが、今は綺麗な芝生の広場になっているようです。