秀吉が築いた名護屋城跡。
名護屋城跡の特徴
豊臣秀吉の朝鮮出兵の前線基地として歴史的に重要です。
名護屋城は大坂城に次ぐ広大な規模を誇ります。
秀吉の偉大さを実感できる貴重な史跡です。
佐賀県唐津市にある「名護屋城跡」。天下統一を果たした豊臣秀吉が朝鮮出兵の為に築いた巨大な城跡です。(当時、大阪城の次に大きい城)諸大名による割普請(わりぶしん)によって5ヶ月で完成したとか。この事からも秀吉の権力がどれ程のものか、分かるというものです。前田利家、徳川家康、加藤清正…歴史に疎い私でも一度は聞いた事がある有名武将、150人以上がこの「名護屋城」周辺に集結し、陣屋を構え、人口は20万人を超える都市に発展したとか。でもその栄華が続いたのはたったの7年間。お城規模の陣屋が150以上も一ヶ所に集まったこの「名護屋城」は『秀吉の強大な力を象徴する城』と、いわれているそうです。今回、私の一番の目的は…天主台から見える玄界灘の絶景。パンフレットを見ると興味深い箇所が多数ありましたが、〈次回に持ち越し〉としました。・排水口がある石垣(樋門)や・秀吉らしい、権力を誇示するような【縦石積み】の石垣や大きな【鏡石】を使った石垣……石垣だけでも見所満載でした。他にも石組みの井戸跡、本丸を拡張、改修する為に埋められた石垣……など、など寄り道をしながら天主台へ。天主台からの玄界灘を望む景色はTVで見た事はありましたが、実際にこの地に立つと壮大です!秀吉も見ていたであろうこの景色…いやいや……当時は天守閣がありました。なので今、私が見ている目線よりずっと高い所から見ていたはずです。天守閣は五層七階で高さ25m〜30mあったとか。その高さから見たら朝鮮半島は手が届くような近さに感じたのでしょうか??ここは現在も発掘調査中。これからも新発見があるのか…楽しみです。余談ですが、天主台に枝ぶりの姿形が良い、大きな木が一本植わっていました。徳川家康の陣跡に行った時にこの〈天主台の木〉が見えたんです。距離も近いので当時なのでしょうが……その木のシルエットが美しくて、存在感がありました。自分でも理解不能なんですがちょっと感動してしまいました。
名護屋城跡を訪れると、かつて全国の大名たちが集結した壮大な歴史の舞台を肌で感じました。広大な石垣や城跡からは、天下統一を成し遂げた豊臣秀吉の大きな野望と、朝鮮出兵へ向かった時代の緊張感が伝わってきます。一方で、多くの人々がこの地から戦へ向かった歴史を思うと、平和の尊さについても深く考えさせられました。静かな景色の中を歩きながら、歴史の光と影の両面に思いをはせる貴重な時間となりました。
朝鮮出征のために半年で築かれた城と言われているが、その広大な敷地に立派な高石垣があり、当時を偲ぶことができる。桜は満開のところもあれば、三分咲きのところもあった。周りには諸大名の陣跡もあり、時間をかけて回ることをオススメしたい。
5年ほど前に訪問。正直うろ覚えですが、かなり“かっこいい場所”だった記憶があります。視界が一気に開ける感じで、広々としていて、思わず「ここで決闘でもできそうだな」と思ったくらいのスケール感。石垣も立派で、立っているだけで当時の緊張感みたいなものを想像してしまいます。一緒に行った人たちは博物館だけで満足していましたが、自分はひとりで城跡まで散策。結果的に、こっちのほうが印象に残っています。風と海と空の広さがあって、ただ歩くだけでも気持ちがいい場所でした。あとで調べて面白かったのが「なごや」という名称の話。秀吉の名護屋と、家康の名古屋。それぞれの時代背景を思うと、同じ響きでも意味合いがまったく違うのが興味深いですね。歴史を少し知ってから歩くと、また違った見え方をする城跡だと思います。
かなり辺鄙な立地、公共交通機関はバスが1時間に1本でした。破却された石垣が残り、一部改修されています(肥前名護屋城の本丸、二の丸、三の丸あたり)が大半(大名の陣屋跡)は発掘中みたいでした。資料館はなかなか勉強になりました。
秀吉の朝鮮出兵の拠点として、一時は城下町含めて20万人もの人口が集まったという。ここに当時の名だたる大名が集結してたかと思うと感無量。しかも当然徒歩や馬だけの時代なので、伊達政宗や徳川家康はわざわざ何日かけてたどり着いたのか。(仙台からだと大体2ヶ月弱はかかったみたいです。)兵どもが夢の跡。
まず驚くのは立地。小高い丘の上にあって、玄界灘を見渡せるあの景色。風が強くて、空が広くて、「ここに本当に全国の大名が集結してたの?」って不思議な気持ちになる。観光地のにぎやかさとは全然違って、どこか時間が止まったみたいな静けさがある。でも歴史を知って歩くと、見え方がガラッと変わる。豊臣秀吉の朝鮮出兵の拠点で、徳川家康や伊達政宗、加藤清正とか、教科書に出てくる武将たちがこの場所に実際にいたと思うと…「ここ、日本の戦国オールスターの本拠地だったのかよ」ってスケールに圧倒される。石垣も派手な城ほど残ってないのに、逆にそれがリアル。崩れた石、広すぎる曲輪(くるわ)の跡、はっきりしない境界線。それが「巨大プロジェクトの跡地」感を出してて、栄光というより野望の痕跡って感じがする。個人的にグッとくるのは、あれだけの権力と人が集まった場所が、今は草と風と空だけってところ。人の勢いとか権力って永遠じゃないんだなって、ちょっと哲学的な気分になる。
1591年に文禄・慶長の役の前線基地として豊臣秀吉が築いた城。秀吉の死により出兵は中止され、この城も廃城となりました。島原の乱の後、一揆が起きた時に利用されるのを防ぐため城の機能は破壊されたそうです。この周辺には各地の名だたる武将も集結し130以上の陣屋が築かれましまた。天守閣から見るその光景は天下人たるに相応しいものだったのでしょう。
豊臣秀吉の朝鮮出兵の際に出兵拠点として築かれた名護屋城の城跡。城の面積は約17ヘクタールあり非常に広大です。名護屋城博物館が休館日の月曜日に訪れたけど、本丸跡の辺りは結構観光客が来ていました。以前博物館とその周辺は回ったことがあるので、今回は水手口跡から短時間の滞在。水手口跡そばに無料の駐車場が2か所あり、登り坂はそこそこ急だけど本丸跡までは歩いて5〜7分程度と近い。本丸跡からの眺望はとても良く、玄界灘や波戸岬、呼子大橋等がよく見えます。壱岐島はぼんやり、対馬は見えないくらいの大気状態でした。広大な城跡だけに所要時間はどこまで観るかによって大きく変わります。博物館辺りからぐるっと外を歩いて回ると30分から1時間程度だけど、博物館内をじっくり見て回るとそれだけで1時間以上はかかるかな。博物館裏手の山にも見所があるので、色々ゆっくり見たい方はかなり時間に余裕を持って行動した方が良さそう。名護屋城周辺の交差点には有名な武将の陣跡名が多く付けられていて、武将好きならドライブで交差点名を見て回るだけでもテンションが上がります。
| 名前 |
名護屋城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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歴史好きなら外せない超一級の史跡です。天守台からの景色が素晴らしく、対馬海峡の先に朝鮮半島があるのだと実感できる壮大なロケーションに圧倒されます。広大な敷地には陣跡や石垣が綺麗に残っており、当時の天下人の権力の大きさが肌で伝わってきました。事前の予習がなくても、隣接する「名護屋城博物館」に立ち寄れば展示やVRで当時の姿を深く理解できるのでセットでの見学が絶対におすすめ。かなり歩くので歩きやすい靴が必須です。無料駐車場もあり、佐賀・唐津観光のルートに組み込む価値のある素晴らしい場所でした。