猿沢池を見守る川路聖謨の碑。
植櫻楓之碑の特徴
幕末の奈良奉行川路聖謨を讃える石彫が魅力です。
安らぎを感じるひっそりとした立地にあります。
桜と楓の植樹を発案した恩人の功績が刻まれています。
猿沢池を見渡せるところに立っている碑。
幕末の奈良の発展に努めた役人の碑。
就是一個碑…
ひっそりと、ひっそりと。碑がありました。
大坂町奉行も勤めた方らしい。
いまある奈良の真の恩人はこの方のおかげかもしれない。川路聖謨。幕末期の奈良奉行だった人だ。奈良がいま緑豊かで素晴らしい自然景観を持つのは、川路が桜と楓の苗木数千株を植樹したのが原因だ。その先見性を我々は忘れてはならない。
幕末に奈良奉行を務めた川路聖謨の功績を称え。
幕末の奈良奉行「川路聖謨」が興福寺・東大寺境内への桜・楓の植樹を発案し、町民にも呼びかけ植樹。これを記念して建てられた石碑。
| 名前 |
植櫻楓之碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0742-27-0169 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
http://www.city.nara.lg.jp/www/contents/1424753147320/index.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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【植桜楓之碑】幕末の弘化三年(一八四六)から嘉永四年(一八五一)までの五年間奈良奉行を勤めた川路聖護はその識見と善政によって住民から深く敬愛された。この神はその一端彼の呼びかけで桜と楓の苗木数千株を東大・興福両寺を中心に南は白毫寺西は佐保川堤まで植した時の記念神である。多くの苗木を寄附した奈良の住民たちの自然景観への愛着と配慮、また後世の人に補植を呼びかけたその先見の鋭さは奈良公園愛護の教訓として敬服のほかない。なお彼は大坂町奉行 外国奉行等幕閣に重きをなし慶応四年三月十五日(一八六八明治7年)江戸落城の報に自尽して幕政に殉じた。