代官山の古い日本家屋で秋の夕日。
旧朝倉家住宅 庭門
代官山駅から徒歩すぐにあります。
入園に500円
広い庭園と古い日本家屋を歩くことができます
屋内には案内する人?
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天神坂を歩く、柿の木坂通り。
天神坂
北野神社の前の坂なので天神坂。
「柿木坂の天神様」として知られる北野神社前を通る坂道。
江戸後期の地蔵縁起碑で歴史探索を!
地蔵縁起碑
2026年5月12日(火)に撮影。
祐天上人の本地身が地蔵菩薩であることを記した地蔵縁起碑は江戸後期の寛政9年以降に建立されました。
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蛇崩川の歴史を感じる遊歩道。
蛇崩橋跡
街を歩いていると東京はかつて川であったりところが遊歩道になっているところが本当に多いです。
世田谷区と目黒区から災害用にと土のうが置かれました。
権之助坂バス停近くの桜ビュー。
国旗掲揚台跡
権之助坂バス停の前です。
Just nearby the scenic river side Sakura view
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角屋を意識した百段階段の冬。
目黒雅叙園・百段階段・星光の間
2025.5月「時を旅する福ねこat百段階段」に行きました。
たとえば京都の角屋などを強く意識して建てられたのでしょう。
前田家の歴史を感じる祖霊社跡。
祖霊社跡地
基礎石があるだけです。
前田家の先祖である前利家とその妻であるまつを祀る霊社があった場所です。
別所坂児童遊園の隠れた石碑。
目黒新富士石碑
別所坂児童遊園の一番奥に設置されているが石碑そのものは見ることができず、案内板がある。
浄土宗の祐天上人の霊験!
祐天上人墓
増上寺三十六世法主『祐天』上人の墓所です
祐天寺は元は善久院と言われましたが祐天上人が埋葬されて後、祐天寺と名を変えました
さて、祐天上...
艦艇装備研究所近くで発見!
陸軍境界石
装備庁 艦艇装備研究所から少し離れた場所にあります。
北一輝顕彰碑で歴史を感じよう!
北一輝顕彰碑
北一輝顕彰碑。
蛇崩川緑道の散歩で心安らぐ。
二三橋跡
両側に1基づつ親柱が残されている。
定番の散歩ルート。
公園の古い鐘、心に響く音。
めぐろ平和の鐘
An old bell in the park.
青面金剛立像
海福寺四脚門
坂の近くの刺抜稲荷大明神。
稲荷坂
この坂の近くに刺抜稲荷大明神があったことからというのが命名の由来だそうです。
高校の通学で通った道で坂の途中に模型屋さんがあったなと。
江戸の歴史を感じる、鷹狩りの名所。
鷹狩将軍が休憩した御用屋敷跡
また"鷹狩りをする場所"としても使われていました。
目黒不動尊でお百度参りを!
百度石
こちらの百度石はただの石碑であり百度石の体を成していない。
お百度参りする時の起点らしい。
寿福寺への道中、蛇崩川の橋を渡って。
寿福橋跡
北北西に寿福寺があり、向かう途中の蛇崩川に架かっていた橋。
漢字書道の二大大家、春洞と鳴鶴。
春洞西川先生碑
今日の漢字書道界の基礎はこの二人の系列により作られた。
急な坂からの絶景体験。
上村坂の碑
なかなか急な坂です。
遭難船の秘密、江戸の知恵。
海難供養碑
度々遭難していたとは、知りませんでした。
蛇崩川沿いの緑道散策。
蛇崩川と佐藤佐太郎
この緑道は蛇崩川の上に作られています。
桜の木と大谷石の癒し空間。
諏訪山橋跡
左岸側に結構な斜面があり大谷石の護岸と桜の木が植えられている。
広島からの被曝石、歴史を感じる。
平和の石(広島市旧庁舎階段の石)
広島から寄贈された被曝した石。
自治寮制度の歴史、明治から昭和へ。
第一高等学校寄宿寮跡
戦後の学制改革により昭和25(1950)年3月まで60年間続いた。
玉川通りで出会う長~い坂道。
大坂
玉川通りを池尻大橋から神泉に向かう長~い坂道。
江戸時代の伝説、爺々ヶ茶屋へ!
茶屋坂の清水の碑
落語「目黒のサンマ」のモデルになった「爺々ヶ茶屋」がありました。
十二座之神楽塚
蛇崩川の美しい橋、眺めて癒される。
石川橋跡(蛇崩川)
蛇崩川が山手通りに架かっていたと思われる橋。
白日荘(狼屋敷)跡
寺前橋跡
東山公園と東山地区センターの由来碑
上目黒氷川神社へ、 大山道の道標探し!
大山道の道標
鳥居の左下に「大山道の道標」があります。
八百屋お七と吉三の恋物語。
西運像
八百屋お七が恋に落ちた吉三の後の姿です。
けこぼ坂庚申塔
中目黒駅高架下で楽しむ新しい発見。
観音橋跡
中目黒駅高架下。
慈覚勇昆陽仁尊徳智
丸窓から見る美しい庭園。
旧前田家本邸 和館
和館とお茶室に行きました。
ほぼ日本人しか行かない(しらない?
目黒の高低差、行人坂で富士山を!
行人坂
目黒駅と雅叙園を結ぶ、結構急斜面の坂です。
以下に転記する。
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