環状の美しさ、富波古墳の魅力。
冨波古墳群円形周溝墓
富波古墳の周濠。
円形周溝墓。
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五友里古墳で歴史を感じる。
五之里古墳
普通のお墓です。
古墳らしさはなし。
紫式部歌碑「わらべの浦」
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西光寺跡から星ヶ崎城への道のり探検!
星ヶ崎古墳
西光寺跡から星ヶ崎城に行く途中で左右に分かれる所が有りなす。
甲山古墳を訪れよう!
天王山古墳
甲山古墳とセットです。
ただの丘に見える。
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古墳探訪、桜生史跡公園の魅力!
円山古墳
そのひとつが円山古墳でした。
祇王小学校のお隣で特別な時間を。
上永原城跡
祇王小学校が城趾とされています。
その一つがここだそうです。
西池
その一つがここだそうです。
山際の霞が奥行きを幻想的に演出していたので。
藤塚 親鸞聖人御旧跡
山際の霞が奥行きを幻想的に演出していたので。
十二号古墳
三上山の石段で癒される。
妙見堂跡
ここから裏登山道にも抜けられるようです。
礎石らしきものと灯籠が残されている。
平家終焉の地、義経元服の地。
平家終焉の地
通りから徒歩3分程入ったところ。
中山道を巡る旅で、目の前を通りたした。
桜舞い散る亀塚古墳を訪れてみませんか。
亀塚古墳
実はかなりの規模。
コンパクトな古墳です。
旧中山道の背くらべ地蔵。
背くらべ地蔵
信号のある交差点で見守ってくださるお地蔵様です。
中山道を巡る旅で利用。
滋賀の隠れ名城、石垣の美。
小堤城山城跡
埋もれた石垣♬堀切♫竪堀♫段郭♫などなど遺構がタップリ楽しめる🙌
北側から登ると段郭下に曲輪の番号付き縄張図が立っててわかりやすかった👍
...
見事な石垣に感動しました。
平家物語の舞台、妓王屋敷跡へ。
妓王屋敷跡
妓王寺から北へ数分。
トイレがあります🚽
石垣と郭が魅力の山城跡。
小堤城山城跡
歩きがいのある山城ひと運動に最適で個人的にはとても良い城跡。
六角氏の家臣永原氏の居城だが石垣が多用されている城の入り口の案内図に石垣の残存している場所が表示されているのでそれを見ながらまわるとよいこの...
中学校裏の磨崖仏群、静謐なひとときを。
福林寺跡磨崖仏
堰堤工事がなければ静かなところです。
中学校裏の柵を入り、少し進むと磨崖仏群が現れる。
銅鐸博物館の古墳で歴史探訪。
宮山二号墳
「弥生の森歴史公園」内に古墳が有ります。
▪「銅鐸博物館」敷地内にある古墳。
六世紀の円墳へ、癒しの道。
甲山古墳
こんな充実した古墳初めてだ。
道路脇に石の標識が立ってて古墳に続く道が有ります。
整備された鏡山古墳探索!
冨波古墳
現在は整備された広場になってる。
説明の表示板が、まだ新しく綺麗だった。
緑地の静けさ、特別な時間。
生和神社 御旅所
元は神社があったけれどひとつにまとめられたようです。
特に何もない住宅街の緑地です。
星ヶ峰の絶景、魅力あふれる石垣。
星ヶ崎城
星ヶ峰に行ってきました。
石垣か素晴らしいです。
静かな巨石に宿る地蔵の美。
妙光寺山磨崖仏
銅鐸の案内板を裏を真っ直ぐ登って、しばらく彷徨った。
大きさは控えめだが、とてもきれいな摩崖仏。
小堤山城と古城山が待つ。
岩倉城跡
隣の小堤山城とセットでまわることをおすすめします。
築城年代は定かではない。
ユニークな雰囲気、元の形に驚き!
蛙不鳴池
雰囲気はありますね。
半分埋められていて、元の形ではなくなっている。
歴史好きに最適!
三上陣屋跡
民家の敷地のようで遠目に見ただけになってしまいました。
歴史好きさんにうってつけです。
堀と土塁の歴史探訪。
桜生城跡
堀、土塁残存。
中山道の旅で見つける魅力。
中山道 外和木の標
中山道を巡る旅で訪問。
猛暑の中、戦跡探訪へ!
野洲河原の戦い跡
連日の猛暑の中、お疲れ様でございます。
大岩山古墳群を散策しよう。
古冨波山古墳
広場です。
大岩山古墳群のうちの一つ。
近松勘六の歴史を体感!
近松家住宅
赤穂浪士のうちの一人、近松勘六ゆかりのおうち。
歴史を少し覗いて来ました。
内井の碑で育む歴史の息吹。
内井跡
五之里村、冨波沢村(冨波乙)・冨波新町村(冨波甲)四村の水田を潤し、先祖から子々孫々を育んできた。
今はまだ評価前!
永原御殿跡
う〜ん、今は、未だ評価には、早い。
整備された帆立貝形古墳、歴史を感じる場所。
大塚山古墳
開けた場所にある盛り上がった林って感じです。
古墳を中心に廣い空間に成ってる。
天保義民の碑、歴史を感じる散策。
天保義民碑
地元の方がずっと護って記念碑のようです。
かつ無料の駐車場があるのでハイキングするのに便利。
国道8号土手下の隠れ家。
大篠原一里塚跡
見つけずらいです。
大正天皇が見守った御幸山の風景。
御幸山
大正天皇が陸軍大演習を御覧になった地そのあと御幸山となずけられた整備できてない残念。
大正天皇がこの山の上から蒲生野で行われた陸軍大演習を統監された。
5世紀の窯跡で歴史を感じる。
向山北西部古窯跡
場所ですが、行ってません。
5世紀末から6世紀のはじめの窯の跡だそうです。
沼を干拓した歴史に触れる。
野田沼捕虜収容所跡地
沼を干拓するのに捕虜の労働力が使われていたとは。
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