超専寺で歴史探訪、気さくな住職に会える!
超専寺(浄土真宗本願寺派)の特徴
ご住職が気さくで優しい対応が好評のお寺です。
萩藩主名代が宿泊したことを伝える貴重な文化財があります。
超専寺は朝鮮通信使来航の歴史的背景を持つお寺です。
ご住職が気さくで優しい方でした。
| 名前 |
超専寺(浄土真宗本願寺派) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0820-62-0138 |
| HP |
http://www.town.kaminoseki.lg.jp/%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A1%E3%83%BB%E5%8F%B2%E8%B7%A1.html |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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超専寺は、朝鮮通信使来航のおり、萩藩主名代(上関御馳走役最高責任者の萩藩家老)の宿泊場所となったお寺です。山門は、明治のはじめに御茶屋の門を移築したものですが、御茶屋のどの場所の門なのかは検証されていません。超専寺には「朝鮮通信使船 上関来航図」が所蔵されています。この絵図は朝鮮通信使の船団が上関港に入港する様子を描いたもので、絵図の左中央に描かれているのが「唐人橋」で、通信使一行はここから上陸しました。陸部には上関御番所、超専寺、上関御茶屋など上関の町並みが描かれ、海上部には先頭を水先案内船、真ん中に朝鮮通信船6艘が描かれています。そもそも、朝鮮通信使とは?。もともとは、室町時代に倭寇の禁止を要請するための使節でした。その後、豊臣秀吉の文禄・慶長の役〔壬辰(イムジン)・丁酉(ジュンユ)倭乱(ウェラン)〕によって日朝間の国交が断絶しました。江戸時代、徳川家康の尽力により途絶えていた国交が再開されました。通信使は、徳川幕府の慶事や将軍の代替わりごとに日本を訪れ、朝鮮国王の国書を江戸の徳川将軍に届け、返書を持ち帰りました。瀬戸内海を大坂まで航行し、大坂からは陸路で江戸に向かいました。