安政4年開館の歴史的校舎。
小菅郷校跡の特徴
小菅郷校は1857年に開館した歴史的な場所です。
水戸藩主徳川斉昭の藩政改革の一環として設立されました。
様々な歴史の背景を感じることができる史跡です。
小菅郷校は安政4年(1857) 3月25日開館しました。当時地方の人々はこれを御館(おかん)とか文武館と呼んでいました。郷校の構造は1566坪の敷地に本館を建て、館外には884坪の練兵場と幅3間、長さ100間の射撃場、幅6間、長さ30間の矢場を設けました。本館の中は、上段の間(8帖)、二の間(8帖)、三の間(6帖)、玄関(4帖)、勝手(11帖)、式場(広さ不明)に別れていました。現在でも本館敷地の土塁(どるい)、射撃場、矢場の原形をとどめています。小菅郷校の授業開きは、安政4年(1857)5月29日ですが、教師、生徒数、受講者、授業内容等については不明です。元治元年(1864)の天狗・諸生の争乱では、小菅郷校が里美地方天狗派の事実上の軍事拠点となったため諸生派により焼き討ちにあい焼失しました。現在は森となっています。
| 名前 |
小菅郷校跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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案内板によると小菅郷校は、水戸9代藩主徳川斉昭の藩政改革の一環として、安政4年(1856)に開館したとの事。建築物は残っていませんが、現在でも土塁がはっきりと確認でき、おそらく練兵場だったであろう台地では、植林された杉の木がすくすくと育っていました。