琵琶湖近くの歴史的な場へ!
天理教滋賀教務支庁の特徴
琵琶湖まで徒歩5分のアクセスが魅力です。
昔は大津の魚善楼浜座敷があった歴史ある場所です。
周辺には官設鉄道の石場停車場が存在していました。
琵琶湖まで徒歩5分の場所にある天理教の教区の支庁です。祈りの場や、研修会などで利用されます。駐車場も完備されています。びわ湖ホールまでは徒歩3分ほどです。
昔は大津 魚善楼浜座敷 (現 天理教 滋賀教務支庁)があり、左側には官設鉄道 石場停車場(現 京阪石場駅)があった。
| 名前 |
天理教滋賀教務支庁 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
077-532-8054 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
〒520-0807 滋賀県大津市松本2丁目12−20 12番20号 |
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
写真の撮影日時は2025.10.15(水)07:39。最寄り駅は京阪電鉄石場駅すぐ。今から恐らく25年くらい前、母とわたしは奈良県天理市の“天理教総本部”を訪れたことがある。母は40歳台、わたしは20歳台から京都市に暮らしていたので、お隣奈良県の印象は率直に“京都より古い都”だったが、この天理市だけは“天理教ワールド”という感じで、本部内に入り、畳敷きの広大な礼拝場(東西南北4ヶ所にあり計3,157畳~ Wikipedia 天理教の項より)に母とわたしは信者でもないのに座って周囲を眺めたが祈る対象(例えば本尊とか御鏡、祠など…神道に於ける神様の表面的なもの)が見当たらない。母は開口一番、「ここの宗教は空間が本尊か?」だったが、わたしは「不思議だね」と答えた記憶がある。あれから兎に角20年以上の月日が経ち、これも一つの機会であるから、天理教について調べてみた。ここでは、教祖中山みき、みきの死後“本席”となった飯降伊蔵、みきの孫で初代天理教管長となった中山眞之亮の基本データを記し、天理教についての基本データは省略する。参考はすべて Wikipedia の天理教、中山みき、飯降伊蔵、中山眞之亮などに拠りすべて敬称略。合掌中山みき…寛政10.04.18~明治20.01.26(1798.06.02~1887.01.26の14時ころ)享年90旧姓名・前川美支マエガワミキ生誕地・大和国山辺郡西三昧田村(現・奈良県天理市三昧田町)没地・大和国山辺郡庄屋敷村(現・天理市三島町)墓所・豊田山墓地(奈良県天理市)信仰・初め浄土宗(篤信、五重相伝を受けた)のち天理教教祖飯降伊蔵イブリイゾウ…天保4.12.28~明治40.06.09職業・大工及び天理教本席(“かんろだい甘露台”の造営者、かんろだいについては天理教の教義などを参照してください)中山眞之亮…慶應2.05.07~大正3.12.31(1866.06.19~1914.12.31)享年50旧姓名・梶本眞之亮別名・中山新治郎※これは、明治元年の奈良県令の中に、“亮”または“衛門”を名前に使用することを禁止したことにより改名したため。本人は公式文書などには新治郎を用いたが、眞之亮という名前を非常に大切にしていた。(眞之亮がまだ中山みきの三女はるのお腹にいたとき、みきが命名したという。)養子縁組年・明治13(1880)(中山みきの長男秀司が亡くなったため)墓所・豊田山墓地(奈良県天理市)役職名・天理教初代管長。