旧東海道沿いの石碑、歩き旅の休憩スポット。
縄生一里塚跡の特徴
旧東海道沿いの石碑があり、歴史を感じるスポットです。
歩き旅の途中に最適で、休憩にピッタリの場所です。
民家の入口横に位置し、アクセスも便利です。
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東海道の歩き旅の途中に、立ち寄りました。民家の端っこに石碑だけあります。説明文等はありません。
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旧東海道沿い民家入口横に石碑が建立されています。
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| 名前 |
縄生一里塚跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
2.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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縄生一里塚(なお いちりづか)東海道五十三次で 江戸から 97里目(388キロ)の一里塚です。住所は三重郡朝日町縄生。このあたりは、裏道で使うドライバーが比較的少なくて、落ち着いた雰囲気です。江戸時代は 縄生一里塚に榎が茂り、近隣の道中では一番見事であったと言われています。付近(近鉄とJRの中間くらい)に縄生城がありました。北勢48家「栗田氏」の城で、周囲の各地域と同様に 信長配下の滝川一益に攻め滅ぼされました。その後 秀吉の時代、小牧長久手の戦いの後半で、桑名城の織田信雄に圧力をかけるため、隣の桑部城に蜂須賀小六を、縄生城に藤堂高虎を配し、講和に持ち込みました。(付近には栗田さんという名字が多いようです)