両面宿儺像が魅せる古刹の魅力。
千光寺の特徴
両面宿儺の伝説が残る、歴史深いお寺です。
円空仏専門の宝物館で貴重な作品が見られます。
山の中にあり、静かな環境で心穏やかに過ごせる場所です。
飛騨高山の山間の麓に有る古刹です。開創1600年位と書いて有りました。両面宿儺が御神体で石で出来た両面宿儺は土日祝日にしか拝観出来ないと書いて有ったので本日訪問しました。御朱印を頂いた時に書いて下さった方が今日は高山五社巡りをした人がやたらと来ているとおっしゃってましたが、土日祝しか石の両面宿儺を観ることが出来ないから皆さん今日訪れていると思っておりますが余り理解はして無かったです。でも特別にって言って頂き手書きの御朱印を頂戴出来た事はとても有り難いです。山門の極楽門も雅な色使いで地獄と天国を表しているのだと思いました。寺から観る高山の原風景もとても良い感じでした。入り口付近に有る円空仏寺宝館も中々良かったです。
両面宿儺像を観に行ったのですが、公開しているのは、土日月祝日で平日は閉まっていました。見学にいかれる際には気をつけてください。
両面宿儺が開祖だというお寺に惹かれて、初めて参拝しました。途中山道ですが、バスも通るので広めです。駐車場は左に行くと仁王門10台。まっすぐ上ると大駐車。仁王門の方にとめると100段くらい階段を上がることになります。大駐車からは平地なので楽。マニ車を回してから参拝すると良いです。両面宿儺の像は写真撮影OKで、近くでぐるっと回って見ることができ、興味深いです。両面宿儺の御朱印をいただきました。円空の宝物館もあり、円空作の両面宿儺像を観ることができます。
千光寺(せんこうじ)、飛騨高山の山里に佇む古刹で、自然と歴史が静かに溶け合う場所です。両面宿儺(りょうめんすくな)伝説や真如親王ゆかりの開山、そして円空仏を多数収蔵する「円空仏寺宝館」があり、仏像ファン・歴史好きにはたまらない。聖地の象徴・国指定天然記念物「五本杉」は圧巻。一本の根元から五本に分かれた巨木で、樹齢は約千年を超えるとも言われる荘厳さ。本堂には「竜天井」という名の龍の天井画があり、切腹伝説が残る床板の話など、寺そのものの物語も重みがあります。拝観は9:00~17:00、本堂・庫裡などは無休。円空仏寺宝館は4〜11月の土日祝および月曜など限定開館で、入館料500円。車でのアクセスも○。高山ICから約25分。境内の駐車場(普通車/大型バス対応)も複数あり。参道の山の空気、杉木立の緑、静かな仏堂を巡る時間──心が洗われる体験がここにはあります。ゆったり訪れたい人、秋の紅葉・春の雪景色の時期も特におすすめです!
標高1000mにあるお寺で遠く御岳山が見渡せます。本堂、鐘楼など古い伽藍は、長年の風雪を耐え抜いた味わいがあります。宝物館には、この寺に逗留した円空が彫った「円空仏」を多く展示してあります。近年作られた仁王門は、けばけばしくどうしても安っぽく見えますが、あと100年ほど経つと味わいがでるかもしらませんね。
7月飛騨、お出かけスポット で検索🔍7月10日頃は「千光寺の紫陽花」ネットのおすすめ情報で向かいました。行きの上り坂、紫陽花が道路に垂れるように咲いたのを、前後に車がなかったので、ゆっくり歩きくらいのスピードで運転、車内から見ました。千光寺の駐車場に着き、大きな門があり、そこからは歩きました。歴史が苦手で詳しい事は覚えられませんが新しく整備され綺麗でした。海外との交流の塔もありました。階段が多く程よいウォーキングコースでした。帰りの急な坂はエンジンブレーキで下りました。母が子どもの頃、学校から千光寺まで遠足き、足が痛かったことを思い出したと話していました。懐かしい地に一緒に来る事ができて良かったです。
高野山真言宗 袈裟山 千光寺. (飛騨千光寺).と號すお寺です。円空(1632~1695年)は美濃国生まれの修験僧・仏師・歌人。 寺院には所属せず、江戸時代に庶民救済を目的に諸国を旅し、人々と触れ合いながら生涯に12万体の木仏を彫ったといわれています。 ノミで削った跡がそのまま残るような素朴な作風を持った木彫りの「円空仏」は、野性味に溢れながらも微笑をたたえているのが特徴で、昔から多くの民衆に親しまれてきました。 長い時を超え人々に微笑みかける円空仏は、今もなお観る人を魅了してやみません。 円空と岐阜のゆかり 北海道から近畿にかけ各地に足跡を残している円空ですが、旅の始まりであり終わりの地でもある岐阜には深い関わりがあったとされています。 岐阜県内には円空ゆかりの史跡が多く存在し、円空が数年間滞在したとされている飛騨千光寺には、64体の円空仏や書画、歌集などが納められています。▲円空が当時の住職と意気投合し、数年滞在したとされる飛騨千光寺。▲病気の人に貸し出されたなどの逸話が残る三十三観音。現存しているのは31体。 後期の円空仏の特長である、木の断面図やノミの跡が残っています。 確認されている円空仏約5,000体のうち、1,300体以上は岐阜県内に残されています。 数の多さはもちろんのこと、ゆかりの深い岐阜には若い頃から晩年までの作品が揃っているため、円空の魅力を余すこと無く味わうことができるのです。▲飛騨千光寺の境内から見える景色。江戸時代、もしかしたら円空も同じ風景を見ていたかもしれません。 一つの箇所に留まらないとされていた円空は、やがて自ら再興した岐阜県の関市池尻にある弥勒寺(みろくじ)に落ち着くようになり、そこを拠点として仏像製作の旅を続けました。 12万体もの仏像を彫り還暦を迎えた円空は、母の命を奪った長良川を入定の地とし、弥勒寺境内の長良川の畔で即身仏として入定を遂げました。 現在は長良川河畔に入定記念碑が建てられています。 庶民に愛された「えんくさん」 1632年(寛永9年)、美濃国郡上郡(ぐじょうぐん)の美並村で木地師の子として生まれたとされる円空。 仏教を学び始め、32歳の時に初めて天照大神像などを始めとした神仏を彫りました。 その後は美濃国を拠点としながらも全国を旅し、民衆を苦しみから救う為に悩み苦しむ人々には菩薩像を、病に苦しむ人には薬師像を、災害に苦しむ人々には不動明王像を、限りある命を救うために阿弥陀像などを彫ったとされています。 30代の頃から彫り始めたという仏像は、初期は古典的な造りをしており、丁寧に時間がかけられたことがわかるのが特長。 一方で、後期になっていくにつれ、木の断面図やノミの跡が残る、簡素な仏像が増えていきました。 生涯で12万もの仏像を彫ったとされる円空は、旅の過程で仏像を「たくさん彫る」ことに重きを置いていったのです。 そんな円空の長い旅の目的は庶民救済。 「諸国を歩きながら12万体の仏像を刻む」という誓い誓願を立てた円空の足跡は、故郷の岐阜県や近隣の愛知・滋賀・名古屋にとどまらず、北海道、秋田、宮城、栃木、滋賀、三重、奈良などにも広く残されています。 円空は寺も仏像もない小さな村々を訪れ、そこに住む困っている人たちを救おうと、その土地で手に入る木を使って仏像を彫ったとされています。 人々からは親しみを込めて「えんくさん」と呼ばれており、円空が活動拠点にしていた丹生川地区では、いまでもそう呼ばれることも多いのだとか。▲ 円空仏は、柔らかく口角の上がった、独特の微笑みをたたえているのが特長。 円空の性格にまつわる記録はありませんが、作品と同様、柔和で自然体な人柄だったのではないかと感じます。 抽象的に表現された仏像からは、荒削りだからこそ仏像の神髄を感じられる、受け取る人によって柔軟に変化するような自由さと、包容力のような温かさがあります。 生涯旅を続け、多くの人々に救いをもたらした円空。 その魅力を肌で感じに、飛騨に残された円空の足跡を訪ねてみてはいかがでしょうか。飛騨千光寺より拝借しました。
呪術廻戦の両面宿儺のモデルと言われている両面宿儺像が祀られているお寺です。厳かなお寺で綺麗に管理されています。見渡す眼下が自然に囲まれていてとても素晴らしい景色でした。6月頃は、道中に紫陽花の花がありましたので、その時期もよいかと思います。駐車場も広めでした。
顔が2つ手足が4つずつあったと云われる両面宿儺が開山したお寺。日本書紀では朝廷に反乱を起こした逆賊だが地元では怪物退治してたりヒーロー扱い。円空にハマってたので両面宿儺像を見に来たが開いてなかったので再訪したい。
| 名前 |
千光寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0577-78-1021 |
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 9:00~17:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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両面宿儺像を見たくて行ってきました!土曜の11時頃に伺ったのですが、境内に人気はなく参拝客も2、3人ほどすれ違う程度でした。ご住職や職員さんにも出会わず入って良いのか戸惑いながらの参拝でした…写真の極楽門は下から見上げた際の花の絵や極楽浄土の絵が綺麗に描かれていたので是非くぐった際は見上げて見てください。ナビ通りにたどり着けましたが、山道は結構険しく細いところもあるので対向車には注意してください……1台もすれ違いませんでしたが笑。