四条大宮の歴史を感じて。
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| 名前 |
萩森神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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⛩️御祭神(愛媛県神道青年会より)細川讃岐守源頼春⛩️萩の森さん愛媛県神道青年会によれば、「観応3年(1352)頼春が京都四条大宮で討死。地元の人が遺徳を偲び社を作り祭祀を伝承する」との事です。南北町時代に阿波・伊予・備後・日向・越前の守護に任じられた細川頼春は、足利尊氏の挙兵に参加した武将であり、後醍醐天皇より弓術の腕前を賞される程の弓の名手でもありましたが、八幡の戦いで京都において討ち死。息子の頼之は、父頼春が戦死すると、弔い合戦で南朝軍を撃破。その後、父の跡を次ぎ阿波国の守護に就任したのを手始めに、四国全土を支配しました。こちらの石碑によると、「頼之は、阿波国板東郡萩原之森に帰葬す」とあります。萩森神社の名前は、この「萩原之森」からついたものでしょうか。創建は不詳ですが、地元の人々に「萩の森さん」と呼ばれ大切に祀られていることが手入れの様子から伺えます。⛩️鳥生(越智)貞実公鳥生貞実公が、足利将軍に次ぐ立場であった「管領」の細川に訴え、近くの廣紹寺を創建した事が、こちらの石碑に刻まれています。貞実公は南北朝の頃に活躍した武将です。廣紹寺を創建した以外にも、廣紹寺隣の男山八幡大神社に男山八幡大神を祀って鎮守としており、ここから東に行った大祝家の鳥生屋敷(現在は跡地に石碑のみ)を建てたともされています。⛩️もう一つの萩の森こちらの「萩の森さん」とは別で、川向こうにある毘沙門天さんが、昔は萩が周辺に咲き乱れていた事から、「萩の森の毘沙門天」と呼ばれていたそうです。