真田丸の魅力、今治で体感!
猿飛佐助像の特徴
明治から大正にかけての講談文化を象徴する場所です。
子供の頃のヒーロー猿飛佐助の像が立っています。
今治駅前バスロータリー付近に位置していて、目立ちながら観られます。
明治から大正にかけて講談師のお話が速記され講談本の形で出版されはじめ大衆娯楽の形が変わりつつある時代、今治市出身の山田一族が速記による講談本のスタイルを超え、雪花散人という共同ペンネームで講談のノベライズへと取り組みを始めました。作品の量産の過程で新たなキャラクターを生み出し、それまで忍術は石川五右衛門のような悪者が使うというイメージだったものを、正義の忍者猿飛佐助という主人公によるエンターテイメント性の高い作品を作り出したのです。猿飛佐助の名前は山田阿鉄(おてつ)が故郷愛媛の石鎚山系にある猿飛橋の名から取ったとされています。
地圖上標示的位置應該有偏移了一段距離,實際上應該是在車站外相當醒目的地方,對我而言一個外國人會感到有興趣是因為我看過日劇真田丸,裡面的角色相當引人關注,所以有一些認識!
子供の頃のヒーローの像があった。
以下、銘板の文字起こしになります。――――――――――猿飛佐助と山田阿鉄明治・大正時代、空前の大ブームとなった大衆娯楽小説『立川文庫』の原作者は、今治市出身の山田一族である。そして、その執筆の中心として活躍したのが、山田阿鉄である。立川文庫は明治四十四年から約十三年間に百九十六巻出版されたが、どれも人々の心をとらえ、爆発的な売行きであった。中でも、大正三年に発売された第四十巻『忍者名人猿飛佐助』は大きなベストセラーとなった。ここに、『忍者といえば猿飛佐助』といわれるほどのスーパースターが誕生したのである。その後猿飛佐助は、真田十勇士とともに映画やドラマ、漫画などに次々と登場し、後世の文壇にも多大な影響を及ぼしている。日本全国、猿飛佐助を知らない人はいないといってもよいだろう。時代を越えて人々の心の中に生き続け、これからも語り継がれていくことであろう。この偉業を成し遂げた山田阿鉄の遺骨は、今治市の観音禅寺に静かに眠っている。
2022/7/24来訪。猿飛佐助像が駅前にありました。像の足下に銘板が埋め込まれていて解説がされています。興味のある方は一読して見てはどうでしょうか。
| 名前 |
猿飛佐助像 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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Google Mapsでは他の場所を紹介されましたが今治駅前バスロータリー付近で見つけました。