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| 名前 |
明神溜池 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
明神溜池は、陶峠の平川側の下にある溜池です。このあたりは四十九ヶ原と呼ばれ、戦国時代の古戦場です。永禄12年(1569年)大内輝弘は、大内家再興を旗印に大友宗麟の兵を借り九州豊後(大分)から秋穂浦や白松浜(阿知須)に上陸しました。秋穂街道を経て陶峠を越え山口に乱入しようとした輝弘の軍勢に、毛利元就の家臣で山口町奉行の井上就貞(善兵衛)は、ここ四十九ヶ原で激突し討死しました。井上就貞(善兵衛)のお墓が、平野日吉神社裏の大番堤ほとりにあるようですが、見つけられませんでした。