阿夫志奈神社で心癒されるひととき。
阿夫志奈神社の特徴
国道41号線沿いに位置し、アクセスも便利です。
鎌倉殿のパワーを感じられる由緒ある神社です。
獅子と天狗のからかいなど、祭りのイベントが盛りだくさんです。
国道41号線沿い、近くに高山本線の撮影ポイントがあります。
鎌倉殿のパワーを皆さまへ由緒ある阿夫志奈神社へ是非お出掛けご参拝下さい。
4/3参拝銀幣社国道横にあるが。別世界のようである。とても良い雰囲気だ美濃国式内社39座巡り。
下麻生駅~神社まで約15分の歩き2019 4 21 15~神事1530~神起こし1600~獅子と天狗のからかい1630~山車1740~餅まき屋台3祭→臨時駐車場有(ゲンキー前 交差点角)祭→神社内 関係者用駐車場普段 神社内 駐車可能美濃太田方面の列車下麻生駅に10分前に入線。
下麻生駅~神社まで約15分の歩き2019 4 2115~神事1530~神起こし1600~獅子と天狗のからかい1630~山車1740~餅まき屋台3祭→臨時駐車場有(ゲンキー前 交差点角)祭→神社内 関係者用駐車場普段 神社内 駐車可能美濃太田方面の列車下麻生駅に10分前に入線。
于時人皇五十二代嵯峨天皇御宇、弘仁九年春天下に大疫流行、万民臥悩する者莫なり。然る所勅命により日本の大小の神社に於いて疫病神斎のご祈祷を為し給ひ、右祭神伊邪那岐命伊邪那美命素盞鳴尊の神璽を斎ひ鎮め、疫神を退け、天下安堵の思ひ為す。茲に川辺郷一同随心し、同年九月二十六日神永洞天皇山の頂に社頭建立し、専ら祈誓奉る。郷民穏やかなり。依って右郷惣鎮守阿夫志奈と敬し奉る。而して神託により、貞観元年十一月十三日厚朴の森の地に遷し奉る。この時新嘗会の儀式を為す。而して三十九年の間此の地に鎮座既にして、寛平九年九月十四日御手洗水の霊験に依り芳賀の地に遷し、後人皇六十代醍醐天皇勅命により、延喜年中神祇伯従五位上卜部日良麿日本?~祇管領を命ぜられ式内神社と定め賜ふ。当国三十九座の内阿夫志奈神社是なり。故に神祇最上斎場所垂跡を賜ふ。国司階堂山城守藤原行政殿極めて信仰厚く、祈る所成就布かして当国稲葉山在城の時、即ち建仁二年四月十四日下屋敷を賜ふ。本社拝殿共改造せられたるもの今尚現在たり。
国道沿いの古くて雰囲気の良い小さな神社です。社が3つ並んでます。
| 名前 |
阿夫志奈神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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阿夫志奈神社(あぶしなじんじゃ)。岐阜県加茂郡川辺町上川辺。式内社(小)、旧郷社。主祭神:伊邪那岐大神 伊邪那美大神 素盞嗚尊資料によると、初めの鎭座地は神永(カンナガ)ヶ洞天皇山の頂にあつたといわれ、現在地より北約700mのところである。阿夫志奈神社の社号は尾張の式内社宇夫須奈神社と同様「宇夫須奈」と称したとも思われる。嵯峨天皇の御代、弘仁9年戊戌(818)春、天下に大疫が流行したので勅命により日本の大小神社は疫神を退ける祈祷をなした。川邊郷民も勅命に從ひ、同年9月26日神永ヶ洞天皇山の頂に社頭を建立し、三祭神の神璽を齋き鎭め祈誓をした。これが阿夫志奈神の創建で、神托により郷民が平穏となつたので郷の惣鎭守として崇敬した。その後神托によつて貞観元年(860)11月13日厚朴(ホホ)の森の地に遷し、寛平9年(897)9月14日には、御手洗水の霊験によつて芳賀の地に遷座した。とあります。