美濃金山城の絶景散策!
美濃金山城跡の特徴
美濃金山城は、戦国時代を象徴する山城で、歴史的遺構が楽しめる場所です。
蘭丸ふるさとの森公園は四季折々の花々が咲き、観光地として魅力的です。
簡単にアクセス可能な駐車場から山道を辿り、素晴らしい景色を楽しむことができます。
わかりやすく美濃金山城の歴史と感想を(みのかねやまじょうあと)●歴史●・1537年斉藤正義により築城(当初は烏峰城)・1565年織田信長が侵攻、東美濃支配の拠点とする信長の家臣・森可成が城主になり金山城へ改名その後35年にわたり森氏の居城となる(可成→長可→蘭丸→忠政)・1601年 廃城金山城の天守や門、櫓などの資材は木曽川を流して犬山城に移築されたそうです(金山越し)●感想●本丸からの眺望が良いです眼下に流れる木曽川と奥にそびえる岐阜の山々の景色は当時の姿を留めていると思いたいですね石垣の間には通路があるので近くまで行けますその通路を利用して当時は石垣が段々に積んであったので、下から見ると一面に石が積んである様に見えていたとの事です現在はほんのわずかになってしまいました(写真9)本丸には礎石がいくつもあるのでどんな建物があったのだろうと想像させられます枡形虎口も形が残っており、独特のあの空間を感じることができます帰りの石垣沿いの小道も良い道でした本丸以外の眺望は木々が遮っていて今ひとつ各所に大木が放置されていたり落ち葉も溜まり放題と荒れた印象もありました。
続日本100名城の一つ美濃金山城の跡になります。本丸に近い場所に駐車場があったのでそこまで行きましたが、割と道は狭く、柵がない場所もありますので、運転が不安な方は下から登ったほうが良いかも。とは言え下から登るとかなりの高さなのでそれはそれで大変そう。石垣などが割と見やすい感じで整備されており、説明板などもあってわかりやすい。少し登ると本丸跡に着きましたが、遠くまで見渡せる絶景スポットです。いろいろ見応えあるのでオススメです。
2025.9.6登城(2度目)以前は下から登りましたが、今回は一番本丸に近い駐車場からスタート。かなり楽に本丸まで行けます。本丸までの道中には破城の痕跡が続きます。石垣はやはり戦国期の特徴が色濃く残っています。本丸からは木曽川が遥か下に見えますので相当な山城であることが理解できます。肉眼では確認することは不可能ですか、岐阜城までみえます。
本丸跡に一番近い駐車場🅿️まで車で登り、10分少し歩きました。木曽川の流れ、橋や田んぼの緑の🟢パッチワーク上からの眺めがとても良かったです。山城跡ですが、歩く道も整備されていて、比較的歩きやすくなっていました。迫力ある御城印も無事ゲットできました‼️
本丸からの景色がとても綺麗でした✨駐車場まではすれ違えないできない細い山道…。対向車来なくてよかった…。平日の午前中だったので、他に登城されている方はいませんでした。
斎藤道三の一族、斎藤妙春(正義)が、天文6年(1537年)に烏峰城として築城したとされ、後に、織田信長から森可成へこの城が与えられた際、金山城に改称。以降、可成の子である長可(小牧・長久手の戦いで死去)、乱丸(蘭丸/本能寺の変で死去)、忠政が城主となったが、忠政が川中島へ転封となった後に破却された。城の夏休みに暇だったので近場の城趾をググったら見つけた美濃金山城跡に行きました。駐車場は本丸に近い所にあるけど、途中から車のすれ違いが出来ない細い道が続くので、運転に自信が無い人は下の駐車場から歩くのがお勧めです。但し、結構歩くので体力が必要。破城になったので、遺構は少ないが見所は多く、山城跡好きにはお勧めです。帰る途中、ニホンカモシカに出会ったのはオドロキでした。以外、可児市のHPにあった説明です。…美濃金山城跡は北東から南西へ流れる木曽川の左岸、可児市兼山地内の「古城山」に立地します。城は『金山記全集大成』によると、1537年(天文6年)に斎藤道三の養子、斎藤大納言正義(妙春)によって築造され、その当時の美濃金山城は「烏峰城(うほうじょう)」と呼ばれていました。1565年(永禄8年)には織田信長の東美濃侵攻に伴い、家臣の森可成(もりよしなり)が城主となり、金山城と名を改めます。その後は子の 長可(ながよし)、乱丸(らんまる)、忠政(ただまさ)と森氏が35年間にわたり、金山城の城主となりました。1600年(慶長5年)に忠政が川中島(現長野県長野市)に転封されると犬山城主石川光吉領となり、1601年頃(慶長6年頃)には犬山城主小笠原吉次によって金山城は破却されます。
森家の居城として有名だが江戸時代初めには廃城となっていた美濃における山城として特に巨大で各郭や堀切がよく残されている。各所に城割りの痕跡が見られ数多くの石垣が散乱している。
東海地方には戦国武将ゆかりの城趾が多く、時間を見つけてあちこち出かけています。可児市に森蘭丸ゆかりの城趾があるとは今まで知らず、初めて行きました。りっぱな素晴らしい山城がこんなに近くにあったんだと驚きました。ちょうど庭師さん達が整備されていてとてもきれいな日本庭園風な公園になっていて素晴らしかったです。紅葉には少し早かったです。桜の木がいっぱいありましたので春の桜の時期にまた訪れたいと思いました。
明智駅からyaoバスに乗り、「元役場前」下車して可児市観光交流館(無料、御城印、スタンプ有り)でマップを入手してから向かおう。城戸坂を登り、起点となる駐車場からがスタートだ。車なら、その先の蘭丸広場か出丸に停めよう。城跡の主要部へは出丸が一番近い。城跡の主要な縄張(構成)は、西から東に曲輪群を展開しており、西から順に、出丸、三の丸、二の丸・枡形虎口、南腰曲輪、本丸、東腰曲輪が並んでいる。他に三の丸と本丸間に西腰曲輪、南山麓に左近屋敷跡、そして搦手山麓に米屋敷跡がある。見どころはいろいろあるが、各所に残る石垣跡、二の丸直下の壊された石垣=破城跡、本丸と二の丸間の枡形虎口と本丸虎口、井戸跡、城址南東の大堀切などだろうか?特に石垣が好きな人は随所に残っている石垣を吟味されたい。主要な曲輪群も良いのだが、時間があれば是非「米蔵跡」に立ち寄って欲しい(観光交流館から徒歩5分程)。米蔵があった場所かもしれないが、岐阜城直下の千畳敷にあった信長公居館跡のような立地と佇まいだ。滝を模した庭園でもありそうな雰囲気であり、在りし日を偲んでもらいたい。岐阜の三大山城(苗木、岩村、美濃金山)は本当に素晴らしい。まだ行ってない人は、それぞれ個性豊かな三城巡りをお勧めする。
| 名前 |
美濃金山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0574-62-1111 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
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何度か足を運んでいる金山城。本丸から望む可児市方面を一望できる風景は壮観。石垣は当時のものが残っており、山城として麓から登城すると山城に登る大変さを少しは理解できたりする。森氏の居城でしたが、森氏が関ヶ原の戦いで移封されるとその後は長く続かず廃城に。だからこそ手つかずの城が残されたとも言える。