徳川家康足跡の城、再訪の喜び。
和田城跡の特徴
整備が行き届き、城の歴史が感じられます。
土塁や堀切が残り、訪問者に歴史を伝えています。
甲賀の城の地形がよく見え、興味深い体験ができます。
駐車場があるにも関わらず、南側のV6GG+R5H(滋賀) 辺りから登城しました。和田の本城だけあって支城に比べて広域で、土塁や堀の規模も大きくて見応えがあります。
JR油日からの散策も有りますが、無料駐車場も有り、車の方がお薦めです。2つの歴史の跡を見ることが出来ます。先ずは徳川家康、命をかけての"伊賀越え"は有名な話。山道を知った案内人が必要な事は理解出来る。後で家康が和田氏に出した書状に案内人を出してくれた御礼の言葉が有り、和田氏の協力が見える。もう一つ、足利義満が15代の将軍になる前に奈良の興福寺から避難する。その時に和田氏の保護を受けて、この城に潜伏。その功績から高槻の芥川城、高槻城主にもなっている。高山右近の前の城主だ。城跡だが、道も整備され腰ぐる輪と呼ばれる区画、虎口と呼ばれる出入口、土を盛り上げた土塁も残っています。和田氏が治めたこの地区、多くの城跡や屋敷の跡も有り、ゴルフの前か後にでも訪れる事が出来ますよ✌️
駐車場から約10分で主郭に到達できます。道中も整備されており、非常に綺麗な城跡。一辺50メートルの主郭を中心に構え、その外側にも曲輪があります。主郭南面には高さ7メートルの土塁が幅20メートルに渡ってあり、深さ7メートルにも及ぶ巨大な堀切もあります。複雑な構造を持つことから和田谷の城館群の中でも中心的な城であったと考えられています。和田谷は中世を通じて土豪和田氏が支配していたとされ、複数の城館が連動して侵入者を監視、対処していたと考えられています。
10数年ぶりの再訪。我が輩にとっては原点の城跡。今更ながら優れた遺構でした。若干残雪あったが、文句なく探索できて、あらたな発見もありました馬《●▲●》助ヒヒーン♪
徳川家康が伊賀越で立ち寄った城。後に家康から城主に感謝状が送られている。和田城城守が家康に人質を渡し、その人質が山道を案内したと言われる。
整備がされている。猿に出会える。
甲賀の城が良く判ります。食い違い虎口気味の土塁が綺麗です。
土塁や堀切が残ります。整備され登りやすい。
| 名前 |
和田城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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二回目でしたが、なにも変わっておりませんでした…