ほんわかした駅で幸せを!
うきは駅の特徴
うきは駅はJR九州の久大本線の駅で、アクセスが便利です。
観光列車『かんぱちいちろく』の撮影に使用され、観光名所が近いです。
災害ボランティア活動の拠点としても利用され、地域貢献しています。
福岡県内の駅で、観光名所との近さが売りとなる数少ない駅です。食事や風光明媚ね場所を見るには、とても手軽な場所です!
田舎のほんわかした駅今回、JR九州の観光列車『かんぱちいちろく』の撮影でおじゃましました。いつもは人がいない駅ぽいのですが当日はお迎えの人や歓迎の為のお店がたくさんホームからはみ出すくらいの人だかり、毎回別府駅発博多駅行きのいちろくの停車駅となるそうです。田舎の駅がこのような注目を集めるのって楽しくなります。田舎の駅の利用方法もあるんですね。写真撮影に行ってみても後悔はしないと思います。新しい田舎の駅の使い方をみたようなきがしました。ゴールデンウィークにふらっと立ち寄るスポットにおすすめです。
駅員さんなんですかね?常駐してるんですね。隣の筑後大石駅なんて切符の自販機さえありませんから。西鉄バスの浮羽発着所が近所にあり、久留米までのバスが出ています。原鶴温泉の最寄り駅ですが、徒歩で40分程度掛かります。
「訪れる人に安らぎを、去り行く人に幸せを!」…接客業やってる自分にめちゃくちゃグッとくる格言。駅員の男性もその格言に恥じぬ素晴らしい応対でした。特急ゆふ、ゆふいんの森停車駅。駅前はレトロで閑静な雰囲気。徒歩5分の場所にミニストップあり。浮羽の観光地までは少々距離がある。2023/03/11一部訂正。ゆふいんの森は対向列車すれ違いの為のみの停車で、乗り降りはできないようです。勘違いしてました。
平成29年7月に発生した九州北部豪雨の災害ボランティア活動でうきは駅を利用しました。現地を訪れた者としてとても懐かしく、被災地の復興を祈っています。
うきは駅は、JR九州の久大本線の駅です。昭和6年(1931年)鉄道省の「筑後千足駅(ちくごぜんぞくえき)」として開業しました。昭和62年(1987年)国鉄分割民営化によりJR九州に継承されました。平成2年(1990年)旧町名(浮羽町)に合わせて「うきは駅」に改称しました。相対式ホーム2面2線を有する無人の地上駅で、駅舎は駅開業当時からのものです。平成21年(2009年)度の1日平均利用客数は500人ほどです。駅名にもなっている「浮羽(うきは)」という地名は以下が由来とされています。第12代 景行天皇が、的邑(イクハノムラ=現在の福岡県浮羽郡)に到着して食事をしました。膳夫(カシワデ=食事を給仕する人)は盞(ウキ=酒杯)を忘れていってしまいました。それで、その時の人はその盞(ウキ)を忘れた場所を名づけて「浮羽(ウキハ)」といいました。現在、的(イクハ)というのは訛ったからです。昔の筑紫の俗人は盞(ウキ)を浮羽と名づけて呼んでいました。駅名にもなっている「浮羽(うきは)」という地名は、かつてあった筑後久留米藩の生葉郡(いくはぐん)浮羽村に由来します。明治9年(1876年)西溝尻村・東溝尻村が合併して、浮羽村が発足しました。明治22年(1889年)浮羽村・流川村が合併して、改めて浮羽村が発足しました。明治29年(1896年)浮羽郡(うきはぐん)浮羽村となりました。昭和4年(1929年)浮羽村・椿子村が合併し、御幸村が発足しました。昭和26年(1951年)御幸村は姫治村・大石村・山春村を編入し、同時に浮羽町と改称しました。平成17年(2005年)浮羽町と吉井町が合併し、うきは市が発足しました。
| 名前 |
うきは駅 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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うきは駅ですが、うきはの街への最寄り駅ではありません。