中島三郎助招魂碑の歴史公園。
愛宕山公園の特徴
明治24年に整備された、横須賀市で最も古い公園です。
幕臣中島三郎助の招魂碑がある、歴史を感じる場所です。
地元有志による手入れで、見晴らしが良くなったエリアがあります。
写真の入口から入りましたが、草が生茂っていて通路としては狭あいな感じでした。眺めは最高でしたが、整備は追いついていない状態で公園内の水道も使用不能でした。
園内、登山道ともにこまめに手入れされている印象で、ちょっとしたお散歩にはちょうど良いと感じます。現在登り口は3カ所(消防署そばの門と石標のある入り口以外にも川間アパート跡側から新築の住宅を抜けるルート、柳町から入るルート)ありますが、柳町からのルートは砂利道、川間アパート側は急勾配、門扉からのルートは階段と一長一短です。園内にはトイレと水道があります(水道は飲用水としては利用できません、ご注意を)。東叶神社をはじめ浦賀湾、そして東京湾の眺望は見事でした。
いちばん古い公園と言う事です。病院についてるタイムス🚗が使えました。入口が小さく細い階段を登っていきます階段途中にお稲荷さんがありました。時期的に…階段を埋め尽くす雑草が多くて😅良くいらっしゃるのか 頂上の広場でオカリナを吹くおじさんが居ました。木々の中でのメロディはとても気持ち良いですねωω茂りすぎてましたが海も一望出来ますあ!狭い階段を登って来たのに おじさんはバイク🛵で来てる!おじさんに話しかけてみました更に数メートル上に上がると民家に繋がる道があり そこからいらしたそうです(´・∀・` )アラマァ少し遠回りになるが 帰りは上からぐるりとタイムスまで戻りましたこの付近はペリー推しな地域の様です。
愛宕山公園は、明治24年に中島三郎助の招魂碑を建立した時に、公園として整備された公園です。中島三郎助は、ペリーの浦賀来航の際に交渉に当たった浦賀奉行組与力で、奉行クラスとの交渉を要求するアメリカ側に対して、副奉行と偽って交渉した方です。また、昭和35年には日米修好通商条約の締結100年を記念して咸臨丸出港の碑が建立されています。碑の裏には、艦長の勝海舟をはじめ、福沢諭吉、ジョン万次郎などの乗組員の名が刻まれています。また、与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌碑もあり、園内からは浦賀港も一望できます。とは云え、温かい浦賀にある公園なので、木々が生い茂る緑濃い公園です。小高い場所にあるので階段多めです。
幕臣 中島三郎助の為に作られた、横須賀市で最古の公園。頂上には、箱館戦争で一緒に戦った榎本武揚、荒井郁之助らと地元民によって彼の招魂碑が立てられ~浦賀の近代造船業のきっかけに。2021年が生誕200年で新たに解説板が設置。眺望も◎に。咸臨丸の碑、与謝野晶子の句碑も有る急な階段と坂ですが小さな山なので散策にも良い場所です。
小さな公園です。展望は少しですがよかったです。桜綺麗でした。南側道路はさんで反対側に展望スポットあります。
あまり横須賀市民も知らない公園だと思います。あまり整備もされてなく夏になると雑草や薮だらけでゆっくり出来ません。せっかく歴史あるところなのですからもっと市民や観光客が来やすい公園にしてもらいたいですね。
「中島三郎助と遊ぶ会」をはじめ地元有志のみなさんが整地をしてくださったおかげで、昔より見晴らしが断然よくなりました!
自然が豊かで楽しめます。
名前 |
愛宕山公園 |
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ジャンル |
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電話番号 |
046-822-8333 |
住所 |
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評価 |
3.4 |
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鬱蒼としているぶん、鳥等の生きものは色々と居そうな感じだった。2025年度以降に大規模リニューアルが予定されている。津波避難地としての整備も兼ねたものであるとのこと。野生生物の棲処を奪わないかたちの改修になるよう願う。傾斜地の多い三浦半島。ここ浦賀周辺も崖崩れ予防工事によって林が減ってきている。過疎化が進んでいる横須賀で自然が減っていけば、さらに中途半端で魅力の無い地域になってしまうだろう。