お万の方のお墓とともに。
日蓮宗本山 本遠寺の特徴
徳川家康の側室お万の方の墓がある歴史的なお寺です。
国指定重要文化財の本堂と鐘楼が迫力を感じさせる空間です。
本阿弥光悦が描いた扁額や足跡の由来を聞ける貴重な体験です。
隣のお堂に住職がいらっしゃり、ご挨拶させていただきました。ご参拝希望であればお寺の由縁などを詳しくご説明していただけるそうです。実際案内して頂きましたが大変歴史にお詳しく、境内を案内して頂きながら様々なことを教えてくださいました。中でもオマン様の足跡👣は必見です!お寺ないの天井にあります。
徳川家康公の側室だった養珠院のお万の方が建立した由緒あるお寺です。本堂と鐘楼台は創建当初の姿を今も私達に見せてくれていて重要文化財に指定されています。これほど歴史あるお寺なのに訪れる人は少なくひっそりとしていて、そこもまた魅力です。境内に入るとまず目に飛び込んでくるのが緑の中の赤門です。中から「阿・吽」の形を表す金剛力士像が出迎えてくれます。赤門を潜ると、徳川家の家紋「三葉葵」がはためく本堂がどっしりとした威容を誇り、天候が良く管理者が居れば全ての扉が開いていて中の内裏を見ることが出来ます。御朱印も頂けます。境内にはお万の方が足を洗ったとされる井戸があったり、本堂に勝るとも劣らない風格の鐘楼台もあり一見の価値ありです。鐘楼は年に一度、大晦日の夜に除夜の鐘をつきます。希望すればつかせて頂けるとのこと。また樹齢350年とされる大きな楠木も見応え満点です😉身延山から程近い立地ですから行き帰りの歳にぜひ一度立ち寄ってみてください😉👍✨
徳川家康の側室「お万の方」によって混流された将軍家お墨付きの寺院です。境内には、お万の方の、洗足の井戸、墓所があります。
本阿弥光悦が描いた「本遠寺」の扁額があるとのことです徳川家康の側室 お萬の方の お墓があることでも有名だそうで とても立派な お寺でした👏本堂で手を合わせていたら お上人様が内陣と お万の方の像や 天井板の👣足あとなどを案内してくださり 丁寧に お万の方の 生い立ちや本遠寺開山までの経緯などの 貴重な お話しを聞かせてくださいました😍⤴️( お忙しい中 お世話になり ありがとうございました🙇)本堂と鐘楼堂は国の重要文化財で紙本墨書十如是御書は本阿弥光悦が開山日遠上人のために献じたものだそうです⤴️👏😍お万の方が 水戸家と紀州家に造営を命じ1636年に完成し 本遠寺と命名したとのことです👍さすが お萬様👏お寺の あちらこちらに✨徳川の三つ葉葵の御紋が たくさん・・・👏⤴️😍(この紋所が目に入らぬか〜 なんちゃって)三代将軍徳川家光に お墨付きをいただき三つ葉葵の着紋を許されたそうですよ👍
なぜ葵の御紋が?詳細にご説明いただき、大変恐縮いたしました!説明がとてもわかり易くて、水戸家、紀州家の意味もわかりました。
日蓮宗の本山寺院。本山寺院とは思えないほど静かな寺院であり、徳川家の家紋が輝いている非常にいぶし銀な本堂である。徳川家康の側室であるお万の方が建立した寺院であり、身延山の入口にありながら現在は忘れてられた存在のように静かに静まりかえっている。近隣の寺院の御上人がいらっしゃる時は御首題を頂けます。
静かな雰囲気の場所にある日蓮宗のお寺さんです。御首題をいただきました。境内には山梨県指定天然記念物になっている樹齢350年の大楠の木があります。本堂は想像していたより大きくて迫力があります。天井には家康さんの側室であったお万の方の足跡👣がありました😵。
日蓮宗の本山寺院。本山寺院とは思えないほど静かな寺院であり、徳川家の家紋が輝いている非常にいぶし銀な本堂である。徳川家康の側室であるお万の方が建立した寺院であり、身延山の入口にありながら現在は忘れてられた存在のように静かに静まりかえっている。近隣の寺院の御上人がいらっしゃる時は御首題を頂けます。
令和2年12月吉日参拝 御首題を頂戴いたしました。徳川家康公側室養珠院お万の方様のお墓があります。当日は風がとても強かったので、お線香は手向けずお参りだけさせて頂きました。駐車場は境内に任意に駐車して良いとのことです。
| 名前 |
日蓮宗本山 本遠寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0556-62-0036 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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徳川家康の晩年の側室であった養珠院(お万の方)が建立したお寺で、彼女の墓所もここに立っています。非常に見事なお墓ですので、御覧になられることをお勧め致します。諸大名のお墓と見劣りがしません。特に石柵については一軒の価値があり、日光東照宮の徳川家康の奥社のお墓と見比べると面白いと思います。徳川家康の奥社の門は、今は金属製ですが、元々は石製で、旧日光東照宮宝物館の東に復元されて立っていますが、これは石製の両開きという無謀なことをやっており、本遠寺の養珠院墓所で扉だけは木製に変更されているのは適切な処置かと思われます。