草津市の隠れ昔話、平清宗の謎。
清宗塚の特徴
清宗塚は平清宗の遺跡で、歴史を感じることができる。
個人宅の中に位置し、訪れるのが難しい隠れた名所である。
平清盛の孫にあたる平清宗にゆかりのある貴重な場所だ。
京都寂光院から朝の通勤渋滞から40分位、草津市?国道の裏側細い道、この辺り駐車しないでくださいの看板あるも、説明板直に契約駐車場ありその隙間に停め周囲伺うと清掃員来て、更に直ぐ傍の会社?の若手?社員らしき二人来てここに駐車されたら困る、史跡は数年前から公開してないからと言われ直ぐ移動探すとコンビニや有料駐車場発見も後の祭りただ軍記物語の美談は創作の可能性確認。
平清宗は平家の棟梁である平宗盛の長子、平清盛の孫にあたる。壇ノ浦の合戦で父とともに海に飛び込んだものの、源氏の武士に引き上げられ、京の都で引き廻しに父とともに引き廻しにあった後に鎌倉に護送されて頼朝と対面、再び京に送り返される途上のこの地において斬り殺される。15歳だったという。単なる言い伝えじゃなく「吾妻鏡」に記されているから、この塚は彼の遺骸が葬られたのだろう。「胴塚」とされているのは首は斬り落とされて都で晒されたから。
個人宅の中にあるので、非常に見に行きにくいですが、一応行くことができるようです。説明書きが旧東海道沿いにもあります。
| 名前 |
清宗塚 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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源平合戦最期の地、壇ノ浦にて平家をやぶった源氏の源義経さん(源頼朝さんの弟)が、平家の平宗盛さん(平清盛さんの息子)と平清宗さん(平清盛さんの孫)を共に捕虜として鎌倉の源頼朝さんの下へ連れて行かれるものの、頼朝さんが義経さんへの誤解によりご立腹。義経さんが鎌倉に入ることが許されず再び京に戻る途中…父の宗盛さんは野洲篠原にて首をはね、息子の清宗さんはこちらで首をはねられてしまった…首は京の六条河原にて晒されたそうです。こちらは胴塚です。こちらが本当の平家最期の地ですよね…ちなみにこちらは住宅地内の為、今では胴塚を見ることは出来ません。案内板と大きな木があります。