西洋建築の遺産、片倉館。
旧「片倉館」正面玄関メダリオンの特徴
片倉館の由緒正しい西洋建築が魅力的です。
平成22年まで存在した歴史的な建物が興味深いです。
片倉工業本社ビルがある静かな立地で落ち着けます。
この地には片倉製糸紡續株式会社(現片倉工業株式会社)の本社ビル「片倉館」が建設されました。片倉館は大正11年(1922年)9月に概ね第1期工事が完成し、その後増築も行われ、平成22年(2010年)まで現役のビルとして使用されました。建物の構造は鉄骨鉄筋コンクリート造、規模は地上7階、地下2階、塔屋2階、延べ面積9,796mでした。外壁は1階の基壇部に花崗岩が用いられ、基壇上部や上層部には装飾を施した西洋風建築でした。メダリオン(楕円形の装飾物)およびこの植栽帯の道路側に据えられたコーニス(壁上部の装飾的突起部) は平成25年 (2013年)3月に竣工した東京スクエアガーデンを開発する際に、片倉館の正面玄関付近で用いられていた実物を取り外し、地域の歴史を語る意匠としてこの位置に保存したものです。また銘板の足元の外構舗装材の一部も片倉館の外壁石材として使用されていたものです。
片倉工業本社ビルのなごりですね。
今まで気づきませんでしたがこんな場所に西洋建築の遺産があるとは。勉強になります。次回までに片倉館を勉強します。
若い頃、片倉ビルで仕事をしたことがあり大変懐かしかった。
タリーズでゆっくりコーヒータイム。
由緒正しき建物がこの場所に最近まで建っていたというのが驚きです。外貨獲得の立役者としてひとつの時代を築いた人たちが忍ばれます。当時は製糸、紡織、商社、造船、鉄鋼と足並み揃えてグイグイ業績を伸ばして行ったのだと思います。もっと片倉館について知りたくなりました。そう思わせるこのメダリオンの威厳に脱帽してしまいます。是非間近で見てください。
ここに大正11年、片倉製紙紡績株式会社の本社ビル「片倉館」が建設され、平成22年まで使われました。西洋風建築の正面玄関付近で用いられていた実物のメダリオンです。
見つけるのに若干時間かかった。
| 名前 |
旧「片倉館」正面玄関メダリオン |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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旧「片倉館」正面玄関メダリオン〒104-0031 東京都中央区京橋3丁目1-1東京スクエアガーデン背面に解説(案内)があるのですが。暑い日中読むのは大変なので、後で文字起こししました。京橋の歴史京橋という地名は、東海道で日本橋から京都に向かう際に最初に渡る橋が「京橋」と名付けられたことに由来します。この橋は江戸城外堀の鍛冶橋御門付近から分流していた京橋川に架かっていました(地図1 写真1)。京橋川は、徳川家康が関東に入府した慶長年間(1596~1615年)に江戸城外堀とともに開削されたといわれ、現在、京橋地区と銀座地区の間にある首都高速道路の位置にありました。第2次世界大戦後、瓦礫処理のために京橋川は埋め立てられ、昭和34年(1959年)に「京橋」も取り壊されました。「京橋」の河岸地は竹材を扱う問屋が多くあることから竹河岸、または大根を中心とした野菜の荷揚げ市場であったことから大根河岸と呼ばれ、多くの商人や職人が住んでいました。この敷地も江戸時代から昭和初期までは畳町および南傳馬町と呼ばれ職人の町として栄えました。東京スクエアガーデンでは、その当時より通りであった場所を歩行者専用の貫通通路として整備し、人々が自由に通行できるようにするとともに、当時のまちの面影を残しています。また「東海道五十三次」などで知られる歌川広重も嘉永2年(1849年)から安政5年(1858年)までの晩年は現在の京橋一丁目に居を構え、「名所江戸百景」の中で「京橋竹がし」を情緒豊かに描きました(絵1)。明治時代に入ると明治5年(1872年)に発生した大規模な大火を契機として、火事に強い煉瓦を用いた西洋風の建物に建て替えられていきました。明治36年(1903年)には中央通りに路面電車が通り、続いて大正9年(1920年)には鍛冶橋通りに路面電車が通りました。大正12年(1923年)の関東大震災後に行われた帝都復興事業(写真2)の区画整理により、昭和6年(1931年)に畳町や南馬町などが京橋という地名に生まれ変わりました(地図2)。その後、日本初の地下鉄である銀座線が開通し、昭和7年(1932年)には京橋駅が開業しました。路面電車は昭和42年(1967年)まで人々の足として活用されました(写真3)。片倉館この地には片倉製糸紡績株式会社(現片倉工業株式会社)の本社ビル「片倉館」が建設されました(写真4)。片倉館は大正11年(1922年)9月に概ね第1期工事が完成し、その後増築も行われ、平成22年(2010年)まで現役のビルとして使用されました。建物の構造は鉄骨鉄筋コンクリート造、規模は地上7階、地下2階、塔屋2階、延べ面積9,796m2でした。外壁は1階の基壇部に花崗岩が用いられ、基壇上部や上層部には装飾を施した西洋風建築でした。この銘板の裏のメダリオン(楕円形の装飾物)およびこの植栽帯の道路側に据えられたコーニス(壁上部の装飾的突起部)は平成25年(2013年)3月に竣工した東京スクエアガーデンを開発する際に、片倉館の正面玄関付近で用いられていた実物を取り外し、地域の歴史を語る意匠としてこの位置に保存したものです。またこの銘板の足元の外構舗装材の一部も片倉館の外壁石材として使用されていたものです。