薩摩藩ゆかり、歴史を感じる大圓寺。
泉谷山 大圓寺の特徴
歴史の重みを感じつつ、徳川家や島津家ゆかりのお寺です。
朱印や参拝者の姿が絶えない、清潔感のある名刹です。
薩摩藩に深い縁があり、興味深いお墓が点在しています。
最寄り駅 京王井の頭線永福町駅より徒歩10分程拝観料は無料 トイレ無し山号 泉谷山宗派 曹洞宗本尊 釈迦如来慶長2年(1597年)、徳川家康によって櫻田溜池に徳川家の香華院として建立される。開山は諦巌桂察(武田氏の家臣土屋氏の子孫)延宝元年(1673年)、薩摩藩(七十七万石)世子・島津綱久が江戸で没した時にその葬儀をこの寺で執り行ったことが縁となり、以後薩摩藩の菩提寺ともなった。明治維新後の廃仏毀釈及び大檀越であった島津氏の神道改宗に伴い、以後庇護を失い衰微、明治41年(1908年)に現在地に移転した。との事です。1603年に徳川家康により赤坂溜池(現赤坂)近辺に創建し1641年の大火で伊皿子(現三田)へ移転し明治41年に現在地へ移転したようです島津家との縁は島津綱久や戊辰戦争の戦没者のお墓があるとの事で徳川家と島津家の縁が深いお寺の様ですが現在地は住宅街にあり静かな場所です。
徳川家や島津家とも縁のあるお寺様です。厳かながらも親しみやすい雰囲気です。頭身低めの仁王様が好きです。
本堂に徳川と薩摩の家紋。戊辰戦争で亡くなった薩摩藩、佐土原藩の墓碑が並ぶ。そばには、西郷隆盛の子、菊草と午次郎の墓もある。
泉谷山大圓寺。曹洞宗の寺院。御本尊は釈迦如来。徳川家や島津家などに縁のある寺院。
静かなたたずまいで、歴史の重みを感じます。
曹洞宗のお寺で徳川家康公開基ともいわれています。また向拝には島津家の菩提寺であったことを示す家紋が残っており(明治以降島津家は神道に変わった)五井松平家墓所、戊辰戦争の戦死者の墓所も有ります。境内は静かで整っております。その他歴史を感じるところが沢山あります。
徳川家や島津家にゆかりがあり、五井松平家や保科家といった大名家や戊辰戦争の戦死者、西郷家のお墓がありなかなか興味深いお寺です。地元のお寺だけど注意してみるとなかなか興味深いので近所の人は一度お散歩がてら訪れてみることをおすすめします。
石彫仁王像は九州に多いと聞いていましたが、なるほど薩摩藩所縁のお寺でしたか。
大圓寺は織田信長や豊臣秀吉の家臣であった坂井下総守成利の子・旗本坂井成政の一族の菩提寺でもあります。坂井氏は尾張国の豪族として栄え、その宗家は尾張守護代の清州織田氏(織田大和守家)の執事として尾張小守護代を務める家系とされ、坂井摂津守、坂井大膳亮、坂井輿右衛門直政(丹羽長秀家老)らは同族と伝わります。坂井成利の養子には、姉川の戦いで先陣の大将を務めた尾張楽田城主の坂井右近将監政尚、関白豊臣秀次の侍医で「太閤記」「信長記」の著者の小瀬甫庵がいます。坂井政尚(前名は余語盛種、父は余語盛政)と佐々成政(父は佐々成宗、一時期母方の余語姓を名乗り余語盛政とも称していた)は兄弟とする説があり、佐々成政の孫・鷹司孝子(本理院)は将軍徳川家光(弟の保科正之の養父は信濃高遠藩主保科正光)の正室となるなど徳川家との関係も注目されます。余談ですが、坂井政尚の子の坂井久蔵尚恒(織田信長の小姓、姉川の合戦で16歳で戦死)の叔父とされる余語正勝は、教科書などに掲載される「紙本著色織田信長像」(国の重要文化財)を長興寺(愛知県豊田市)に寄進しております。坂井成政の子・成令(なりよし)は、江戸幕府御目付役、日光御目付役、船手頭などを歴任するなど幕府に重用されました。成令の妻は、五井松平家の松平外記忠實(官位は従五位下土佐守)の娘です。幕末には、儒学者・林述斎(祖父は老中松平乗邑)の子で、将軍徳川家斉の側近・鳥居耀蔵忠輝の実弟の坂井右近将監政輝が坂井家の養子となり、火付盗賊改や先手弓頭、浦賀奉行(従五位下小笠原長常の後任)、御目付役、御鎗奉行、田安殿(田安徳川家)家老などを歴任しました。さらに政輝の養女とう(福田家出身)は、蝦夷地を「北海道」と名付けた探検家の松浦武四郎に嫁いでいます。日本南画協会の設立者の一人となる谷口藹山(あいざん)は、政輝の紹介で谷文晁の写山楼に入門し、松浦武四郎の「夕張日誌」に挿絵を提供しました。その坂井政輝が建立した墓碑が大圓寺に現存しており、大変興味深いです。
| 名前 |
泉谷山 大圓寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
03-3321-1215 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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慶長2年(約1597年)頃に、徳川家康が江戸の赤坂溜池(江戸城近辺)に「大渕寺」として創建したのが始まりとされています。その後、複数回の移動を経て、明治41年(1908年)に、現在の杉並区永福町・和泉の地に塔頭(別院)を併合し移転してきました。本寺の特徴は山門には徳川家の「葵紋」、本堂には島津家の「丸に十字紋」が飾られているところです。是非、実際に訪れて確認してみてください!境内には梅の花など、四季折々の花を見ることができます。御朱印は直書きでも対応頂けます!