田んぼの中に残る聴音壕。
防空監視哨跡の特徴
田畑の中にひっそりと佇むレンガ積みの小さな防空監視哨です。
太平洋戦争中に設置された聴音壕の跡地として貴重な歴史を持っています。
兵士が耳で敵機音を捕捉していた、防空監視施設の重要性を実感できます。
中に入れそうに見えたけど、やはり立ち入り禁止でした以下、説明板より『防空監視哨跡(聴音壕)』ぼうくうかんししょうあと(ちょうおんごう)平成十六年五月二十日 指定昭和十六年(1941)第2次世界大戦が始まり、国内の防空体制が強化される中、全国に防空監視哨が作られました。この聴音壕は敵機の音や種類をいち早く見分けて、本部へ報告することを仕事としていました。構造は、レンガの二重積みで壕の縁がラッパ状になって集音しやすくできています。勤務は、国民高等学校を卒業した15~16歳の青年が、24時間体制であたっていました。県内に作られた約40ヶ所のうちのひとつで、状態が比較的よく保存され、戦争を知る重要な遺跡です。平成三十年三月吉日長野原町教育委員。
田んぼの中に戦争遺跡があるとのことで調べていってみることにしました。近くにある複合施設の駐車場に駐車して少し歩きました。案内看板を見つけて住宅の間を抜けると少し先に小高い丘があり、丘の中に防空壕が造られていました。この防空壕は聴音壕といい、青年達が24時間敵機を監視して本部へ報告することが役目だったそうです。このような遺跡は激しい老朽化などで入れないことがあるのですが、この防空壕は入ることができます。鉄骨で補強がされていて、壁が剥がれたり崩れかけてはいるのですが全国に造られた物の中ではとても良い保存状態とのことです。
たまたまGoogleで見つけ草津に行く途中に寄れました。田畑の中にポツンとあり大分痛んでいました。当時ここで観測していたのかと感慨深い感じでその当時の事を想像すると寂しい何とも言えない感覚になりました。実際の施設に触れる施設もどんどん減っていく中機会有ればあちこちの施設に触れて記憶に残していきたいですね。
田畑の中にひっそりと佇んでいるレンガ積みの小さな建物です。かつてはこのような場所がいくつも存在していて、15~6歳の青年が24時間体制で敵機の音を聞き分けて連絡を行っていたようです。建物は草木に覆われていましたが屋根も取り付けられており、戦争末期の苦境と平和の尊さを伝える良い場所だと思いますので、長く残してもらいたいと思います。
戦時中、レンガで作られたラッパ状の筒の中で、青少年の兵隊が適機の音に耳を済ませていたという場所。この先にある中島飛行機(ゼロ戦を作っていた会社)への攻撃を事前に察知する為だという。この場所を目の当たりにして思いを馳せると、胸が締め付けられる。
以前からグーグルマップで見ていて気になっていた場所です。案内看板を見つけ、車を乗り入れてしまいましたが、その道は細い農道でした。できれば、徒歩で入っていった方がいいでしょう。バイパス側からの方が近いです。実際にその場所に行ってみると、大変よく保存されていて、感心します。また、その用途(敵機の音を耳で聞いて哨戒する)を考えると先の大戦が総力戦であったことが偲ばれます。
田んぼの中にポツンと有ります。現在の平和は先人達の苦労の上にあるものだと歴史について考えさせられます。裏の通りから入ったのですが、駐車場とか無く路地に路駐でした。見学時間はじっくりみても数分間~10分程度です。
田んぼのど真中にある戦争遺産です。レーダー配備に遅れとった日本が青年兵の聴覚によって敵機を発見する施設です。
太平洋戦争中に敵機の来襲をいち早く検知するために設置された防空監視哨の跡地。全国的に見てもかなり良い状態で保存された貴重な史跡なので近くによった方は是非見て欲しい。
| 名前 |
防空監視哨跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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田畑の中にひっそりと残る防空壕。きちんと管理されているわけではありませんが、だからこそ、時の流れに抗うように今もそこに在り続けているのだと思います。雨の降る日だったため、丘の上からそっと覗くだけでしたが、忘れがたい体験となりました。