名将小早川隆景像、静かに鎮座。
小早川隆景像の特徴
三原駅北西ロータリーに位置する小早川隆景の銅像。
毛利元就の三男、武将の姿が不思議で興味深い。
お手軽に訪れられる、こじんまりとした存在感の像。
小早川隆景は、毛利元就の三男です。隆景は、毛利元就の『三本の矢』の逸話でも知られ、その優れた智謀と政治力でも毛利家の勢力維持に貢献しました。⦿親族関係・毛利元就の三男として生まれました。⦿功績・若くして、小早川家を継ぎ、毛利家の水軍を率いて、中国地方の統一を支えました。⦿豊臣政権下での活躍・秀吉からも重用され、豊臣政権下でも九州征伐や小田原征伐などに従軍し、活躍しました。小早川隆景は、小早川家の養子となり、『高山城』(広島県三原市)に入城。その後、1552年(天文21年)には、沼田城を挟んだ『新高山城』を築城して、本拠としました。その後強力な小早川軍を率いて活躍しました。
三原駅の西口を出てすぐのところにあります。像の横には隆景公をしのぶ黄梅が植えられています。
毛利元就の三男で知謀は父親より上だと言われる名将、その銅像には威厳すら感じられる。
名君隆景公の像です。秀吉とマブダチだったので、わいんとこの金吾養子にしたってちょー?わかり申したってなって養子になってからすぐに死んじゃったから関が原であないな事になってその時歴史が動いた!になってしもた罪作りな名君です。
像は衣冠束帯姿でバリバリの戦国武将であった小早川隆景にしては甲冑姿じゃないのがなんとなく不思議な感じがしました。
毛利三兄弟でも最も元就の才を継ぎ優れた将だったと言われている小早川隆景の像。五大老の一角でもあるし、恐らく元就に次ぐ知名度があるのでは。街の様子を見るに隆景は三原のご当地武将となっているようだ。
毛利元就の子どもで三本の矢の三男である小早川隆景の像。
2023.12.14駅北側のロータリーにたてられている。この人があと5年長生きしていたら、関ヶ原は起きなかったか別の結果になっただろう。
2023.11.5『浮城祭り』に併せ、小早川隆景の法要が行われました。甲冑姿の侍と姫などの練り歩きの方々の参加もあり、三原城が栄えていた時代の雰囲気が味わえました。隆景像が天守台跡を見据える場所から、丁度、電話ボックスの屋根にお城のオブジェが乗っかっていて、在りし日の城を城主が見ているようです。三原駅中心にもっと観光アピールをしてもらいたいと感じる程、駅裏にひっそりとあるので、もったいないです。
| 名前 |
小早川隆景像 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0848-67-6014 |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.5 |
| 住所 |
|
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2026/1三原城を1周すると出くわします。ここから駅に向かうと新幹線が三原城をぶち抜いているのがよくわかり面白いです。同様にこちらから1周して城の東側にまわって駅にいくのも同じようにぶち抜いているのもわかります。昔は浮城といわれ物流の主役が船だったのが今は新幹線などにとってかわられ隆景の銅像の視線の先には三原城と新幹線があり何を思っているのでしょうかね?