信長公ゆかりの円徳寺、歴史を身近に。
円徳寺の特徴
織田信長公寄進の梵鐘がある、歴史的な仏教寺院です。
稲葉山城の戦いに関する重要な由緒が残る場所です。
信長まつりの行列を見れる、穴場的なスポットとして注目です。
毎年夏になると、”はるかのひまわり”(復興と再生の花)が寺院内に咲き誇ります。#はるかのひまわり絆プロジェクト。
通りすがりに見つけました丁度、始まる前でよかったですファションショー、音楽と書道パフォーマンスが見れました。
織田信長との縁があるとの事でお伺いしましたが何があるという訳ではないですが説明版があるのはありがたい。
岐阜の「円徳寺(えんとくじ)」ですね。円徳寺は、岐阜市神室町にある浄土宗のお寺で、戦国時代の岐阜城下と関わりの深い歴史を持っています。円徳寺の概要• 山号:仏性山• 宗派:浄土宗• 所在地:岐阜県岐阜市神室町• 開基:土岐氏(美濃守護)にゆかりがあると伝わります。歴史• 室町時代、土岐氏によって建立されたとされます。• 織田信長が岐阜城を本拠とした時期、城下町の整備の一環で寺社が配置され、円徳寺もその一つとして位置づけられました。• 岐阜の寺町の中で古くから人々の信仰を集めてきました。見どころ• 本堂:江戸時代の建築様式を残しています。• 円徳寺の庭:四季折々の景観を楽しめる落ち着いた庭園。• 歴史的雰囲気:岐阜城や川原町の町並みにも近く、城下町の面影を感じられる立地です。📍観光としては、川原町の古い町並み散策や長良川の鵜飼と合わせて訪れる人が多いです。岐阜市の 円徳寺 には「信長の鐘」と呼ばれる梵鐘があります。「信長の鐘」とは• 織田信長が岐阜城を拠点にしていた頃に寄進されたと伝わる鐘です。• 現在の鐘は 県指定重要文化財 にもなっており、岐阜の歴史を物語る貴重な遺品です。• 鐘には「永禄7年(1564年)」の銘が刻まれていて、まさに信長が美濃攻略を成し遂げ、岐阜を本拠地にした頃のもの。特徴• 高さ約1.1m、口径約70cm。• 装飾や銘文も戦国時代の文化を感じさせます。• 信長が「天下布武」を掲げる直前の時期に造られており、信長の勢いを象徴するような存在です。現在• 円徳寺の境内に保存され、見学することができます。• 岐阜市の歴史観光では「信長ゆかりのスポット」としてよく紹介されます。もし「信長の鐘」を実際に見に行かれるなら、川原町の古い町並みや岐阜城と一緒に巡るのがおすすめです。
織田信長公寄進の梵鐘のすぐ近くに「撞く鐘も ひびくやうなり 蝉の聲」と刻まれた芭蕉の句碑があります。
織田信長が戦死し屋を弔うために建てたお寺だそうです。
1183年に比叡山延暦寺の僧・寂円により天台宗の寺院、法泉寺として岐阜市長旗に開創され、2世寂世が親鸞に帰依して浄土真宗の寺となり、寺号は常泉坊に改められたそうです。1547年に織田信秀が加納口の戦いに敗北し、多数の敗死者を弔った塚は現在でも残り、織田塚として岐阜市の文化財に指定されています。永禄10.11年(1567.68年)に織田信長が楽市楽座の制札を発給。その後岐阜城主池田輝政も楽市楽座の制札を掲げた。織田信長の制札と共に平成5年(1993年)に国の重要文化財に指定されています。慶長5年(1600年)、岐阜城の戦いで敗北した織田秀信が剃髪した場所と言われています。
稲葉山城の戦いで信長公の本陣があった場所に建つお寺。門前には楽市楽座がたった。
重要文化財の楽市楽座の札があるなど確実に由緒ある寺なのに、なぜに選挙事務所になるのだろうか。(2021_03_30)
| 名前 |
円徳寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
058-265-3575 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 9:00~17:00 |
| HP |
https://www.gifucvb.or.jp/sightseeing/detail_kankou.php?eid=00017 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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0915に訪問するも閉門、中に入ることは出来なかった。