歴史と共に生きる天武天皇。
井上神社の特徴
歩いていると出くわすきれいで立派な井上神社の手水舎です。
天武天皇を主祭神とする貴重な神社で歴史が感じられます。
壬申の乱後に創建された歴史的な背景を持つ神社です。
壬申の乱を契機に創建2024年5月上旬、レンタサイクルによる関ヶ原探訪の際に寄りました。駒札には————————————————————-井上神社六七二年に、ここ藤古川をはさんで西軍の大友皇子(弘文天皇)と東軍の大海人皇子(天武天皇)の天下分け目の戦がありました。この壬申の乱で、大海人皇子が大勝利を収めることができたのは、特に地元美濃出身の兵士らが活躍したからだと言われています。この神社は天武天皇を祭っています。一方右岸にある山中、藤下の八幡神社には、弘文天皇が祭られています。関ヶ原町————————————————————とあり千年以上の出来事で川を境に今もなお住民が慕う神が異なる(お互い敵)のは他地域ではなかなか見られず複雑な心境でした。
❶【参考 井上神社 不破の古蹟 明治35年】関の明神は井上神社ともいう不破の関の南1町にあり。天武天皇、持統天皇を祀る。古記に関比男明神、関姫明神を合祀せり、とあり。其の創建年紀つまびらかならず。関ケ原の役の福島正則は、東軍の戦法として関明神の森を後にして陣を取り、北の方天満山なる宇喜田秀家に対戦しました。陣址には木標を立ててこれを識しています。[月見宮]月見宮は春日神を祀る。梵鐘の銘に井上大明神御寶前とあり、いにしえの神仏混淆(しんぶつこんごう)の遺物であろうか。関の明神の社内のありしものを此の所に遷せしものだろうか。とある。❶【参考 井上神社 関ケ原町史 1992年】井上神社むかしはは五社大明神と称していた。(天文5年、1536年の棟札による)創立は不詳である。祭神は天武天皇とされているが、他にも合祀された神があったらしい。[鎮座地] 松尾字井上[祭神] 天武天皇。
歩いていると出くわす神社。
御祭神天武天皇(てんむてんのう)本殿裏手の道をくだると冷たい湧き水があります。飲めそうですが触る程度にしたほうが良いかも?
4/25参拝郷社龍の手水舎ありきれいで立派な神社です。すぐ横は東海道新幹線です。壬申の乱ゆかり。
なかなか歴史のありそうな神社です。とてもキレイに整備されています。
この神社は祭神として天武天皇を祀り、壬申の乱直後に創建されました。672年に壬申の乱は、関ケ原の藤古川を挟んで、川の東西に分かれて行われたといわれています。川の東側の村人が、大海人皇子(後の天武天皇)に、川の西側は大友皇子側について戦ったそうです。その後、川東にあったこの松尾地区の村人は、ともに戦った大海人皇子を称えこの地に神社を建立し、以後1300年に渡り崇められ続けています。苔に覆われた大きな門・立派な本殿には当時の天武天皇の権力がうかがえます。
岐阜県においては天武天皇を主祭神とする数少ない神社です。境内の石碑には持統天皇(天武天皇の皇后)も併祀していると書かれています。幣殿両脇の石灯籠一対に「元禄十六(1703)年癸未正月吉祥日」の銘が、鳥居前の石灯籠一対に「嘉永四辛亥(1851)年」と思われる銘がそれぞれ刻まれていました。
訪問する必要があります(原文)Must visit
| 名前 |
井上神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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