野沢温泉の巨木に守られて。
湯澤神社の特徴
野沢温泉を祀った神社で、歴史を感じる場所です。
幅広い樹齢500〜1000年の巨木に囲まれています。
急な階段を昇ると、静寂な空間にたどり着きます。
朝一お勧めします。
野沢温泉を見守る総鎮守さま。温泉街にふさわしい佇まいだと思います。
寛政七年(1795)八月、全国の神社に対する支配を拡大していた「京都・吉田家」の許可を得て「湯澤神社」と称したと言われていますが、それ以前は何と呼ばれていたかは不明です。創建の年代ははっきりしませんが、諏訪信仰の祖神・建御名方神(タケミナカタノカミ)を御祭神としています。
宿についたら今夜は湯沢神社の祭礼日とのこと。温泉街で執り行われる厳かな神事を見ることができました。猿田彦尊の舞は、神々が進む道を剣と神火で切り拓くもの。激しく振り回す火の粉が観客まで飛んできて驚きました。
宿から麻釜行く途中にあった神社✨ここまで上り坂をきたのでこの階段を上がる気になれませんでした(笑)次来たらちゃんとお参りしよう✨
野沢温泉村の総鎮守さま。大湯を正面に左手の坂を登ると正面が参道になります。湯沢神社(ゆざわじんじゃ)祭神:建御名方(たけみなかたのかみ)由緒:「湯山~湯沢」と呼称された野沢温泉の総鎮守。創建の年代ははつきりしませんが、諏訪信仰の祖神を祭神とし、現在の社殿は明和2年(1765年)頃の造営と伝えられています。拝殿の席頭は明治の元勲三条実美公の意に成り、建薬や組物部列はその作風から江戸時代中期この地方で活躍した越後の工匠岩崎嘉一とその一門の作と推定されています。建築当初の様式をよく伝えていることなどから、村有形文化財に指定されています。又、例年九月八・九日に行われる秋祭は「灯籠達れ(とうろうづれ)」と愛称され、格調あるその行列は村無形民海文化財としての伝統を守り後世に伝えている。秋祭:前述の「灯籠達れ(とうろうづれ)」は、十二種類、百本を超える灯籠が列をなし、ロウソクに火を灯して延々と村内を練り歩きます。その様はまさに盛親。要所、要所で天狗舞、獅子舞、三十六歌仙舞などが勇荘華麗に行われます。構造物本殿:本殿は、板屋の中にあり十八世紀節期、作風から宝永年間の越後の工匠のものと推定されます。一間社流造りという形で軸部は欅材漆塗り、周囲には色彩が施された刻が添えられています。拝殿、両部鳥居、社号標、参道石階段、狛犬、御神木、境内社、奉納額ほか奉納額〇神台場石垣積み人足奉納額(幕永七年):嘉永六年(一八五三年)▶メリカのベリーが来航した際、江戸品川沖の台湯(砲台設置)携築に参加した、対の石清職人達が奉納した顔で、実際に使用した鉄が添えられています。〇算額(明治十七年):この顔は、飯山の和算家上原算成の門人で野沢村の河野仙右工門満尊が、明治十七年に奉納したもので、幾何図形三間とその解答が記されています。算額とは、和算家が自分の発見した数学の問題や解法を書いて、神社などに奉納した絵馬のことです。(一部案内板より抜粋)
とても手入れが行き届いている神社です。雨の日と雪だと急な階段の行き来が難儀しそうです。
立派な温泉神社です。冬は雪に埋もれていてお詣りできなかった神社です。
野沢温泉の温泉を祀った神社。
| 名前 |
湯澤神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
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午後の13時頃に立ち寄りました。野沢温泉の街中から坂を少し上がった場所にあり、石段の入り口から続く杉並木がとても立派です。階段はそれなりに段数がありますが、登り切った先にある社殿の彫刻は細部まで作り込まれていて、しばらく眺めてしまいました。古い木造建築の風合いが周囲の深い緑と馴染んでいて、非常に落ち着く空間です。神社のすぐ隣には、夏場でも滑れる人工マットのゲレンデやスポーツ施設が広がっています。お参りのついでに、山側の開けた景色を眺めるのも良い気分転換になります。日差しが強い時間帯でしたが、境内は高い木々に囲まれているおかげで影が多く、涼しく参拝できました。温泉街の散策ルートとして歩いて回るのにちょうど良い場所です。