由緒ある科野大宮社、静かな参拝地。
科野大宮社の特徴
信濃国一の宮の由緒ある神社で、毎年紫陽花が楽しめます。
参拝者が少ないため、ゆっくりお詣りできる静かな雰囲気があります。
科野大宮社は長野最古級の神社で、整備された境内が魅力的です。
信濃って 昔はこう書いたのかぁ敷地も広くすごく沢山合祀 されておりました。本殿も立派ですが土曜日の日中に行ったのですが開け閉めしてくれてはないみたいで戸の外側から拝みました。なんかの日だったのかな?裏の方も 沢山祀られていて三峯神社や豊受の神数々の神様拝んできました。こんなに立派な神社だけど参拝者は私一人だけでした。
信濃の国の古名、「科野」(しなの)が名前に付く古くからの神社。旧北国街道沿いにあります。信州大学繊維学部キャンパスのすぐ近くにあり、受験生はお参りすることが多いです。 昔は、お正月ともなれば高崎からダルマ売りが境内でお店を開いてたものです。
毎年紫陽花楽しみに見に来てます。今年も素晴らしい紫陽花です。
長野県上田市常田に鎮座する科野大宮社の直書き御朱印を頂きに参拝しました。社伝によると、創建はなんと第10代崇神天皇の御代。初代神武天皇の子・神八井耳命の孫である建五百建命により建てられたそうです。信濃国府は平安時代に松本に移される前は元々上田市中心地の神科台地上にあったと考えられており(近くには信濃国分寺・国分尼寺跡が残されていて、しなの鉄道はその跡地上を横切っている)、国司が参拝する総社がこの科野大宮社であったとする説もある。社頭を横切る道は旧北国街道で、古くから多くの人々が通り抜けてきた道となっています。科野大宮社は古く「総社大宮」「科野国魂神」とも呼ばれており、中世の荘園制度の中では常田荘の中心地に位置して、「大宮諏訪大明神」と称していたそうです。康安2年(1362年)には、当時凶星と考えられていた彗星出現により、ときの関東管領・足利基氏が天下安全を祈り、願文を奉ったことが記録が残されているようです。真田氏による上田城築城後は、鎮守としての役割を与えられ、修復の際は信濃国分寺三重塔と並び藩費での修理が認められていました。明治時代、延喜式に倣い定められた近代社格制度により県社に定められ、社名も「科野大宮社」に改められ現在に至ります。御朱印は社務所入口に貼られた電話番号に電話をすると、氏子の方が5分ほどかけてわざわざ車で来てくださり書いてくださいました。感謝!最寄駅は上田駅で、徒歩10分から15分ほどで訪れることが出来ます。
イオンの近くにある 静かな神社です四年ぐらい前のに書いてある社務所の電話番号とやらは?わかりませんでした。
上田市にある神社。犬神家の一族のロケ地の一つ。と言うか古舘弁護士事務所の前にあるのでちょこちょこ映っている感じなのだが。神社自体は結構立派な作りで、町にある神社独特の雰囲気があるので見ていてとてもリラックスできる場所だ。地元の親子連れがふらっと来てお参りしているのを見て地元の方に大切にされているのがわかる。神社内には駐車スペースもあり遊具などもある。
長野県では古い神社のようです。イオンモールのある道から参道があり、建物の間から高い樹木に囲まれた大宮社が見えてきます。参詣したのが2月3日のため、祭事の準備で忙しそうでしたが、快く御朱印を書いていただきました。由緒略記もくださり、親切な対応をしていただきました。ありがとうございました。
科野大宮社は長野県上田市にある神社です。鳥居の側には御神木と称した大きな欅がありとても印象的でした。
「科野大宮社(しなのおおみやしゃ)は、長野県上田市にある神社。信濃国総社と推定され、旧社格は県社」と有ります。科野=信濃なんですね!
| 名前 |
科野大宮社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0268-27-5018 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
式内社ではないが古社である。祭神や神紋を見れば諏訪大社である。国府移転や諏訪大社移転の時期から察すると延喜の頃には官としては役割を終えていたのだろう。