日本の女子体育を支える老舗の誇り。
東京女子体育大学・東京女子体育短期大学の特徴
こじんまりした敷地に複数の体育館があり、体育大学ならではの環境です。
個々の学生は真面目で、スポーツに対する意識が高いと感じました。
ただ、全体として交通マナーには少し疑問がありますが、学生の熱意が伝わります。
私はこの大学についてはよくわかりません 詳しいことは知りませんですが女子大であるということ また 体育大学であるということ どちらもレアなことで 運営というのは難しいだろうなと思います進路についても思い浮かぶのはやはり 学校の先生ということになりますけれども それ以外だとアスリートとしてやっていくのもなかなか難しいでしょう しまもちろんプライベートジムであるとかスポーツ関係のビジネスというのはたくさんあるのはあるわけですけれども まあとにかく 難しいと思いますね他の方のレビュー見ると結構厳しいことを書いている方が多いようで やはり 改革の必要という意味では間違いなくあるだろうと思います。改革を成し遂げたような 中堅大学の職員や教員を引っ張ってくるようなことをした方がいいんだろうと思います。
こじんまりした敷地ですが、沢山の体育館があり、さすが体育大学だなぁと感じました。オリンピックで金メダルを獲った選手を始め、トップクラスの選手が沢山在籍されているようでした。
個々の学生でみると真面目で良いのですが、全体でみると、皆さんが仰っしゃっているように交通マナーに疑問をもちます。特に南武線南側踏み切りの坂を一気に下るのは死角が多い中とても危険です。加害者も被害者もどちらも不幸になります。大学で指導して頂けますでしょうか。
日本の女子体育をリードしてきた老舗の大学。たくさんのオリンピック選手や指導者を輩出しました。長い歴史と伝統に加え、これからの日本の女子体育がどうあるべきかを標榜する時代になりました。世の中は、グローバル時代になりました。国際色を出して、多様性を受け入れ、賢い女子の体育界をリードする人材育成に取り組んで欲しいと期待します。
| 名前 |
東京女子体育大学・東京女子体育短期大学 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
042-572-4131 |
| HP | |
| 評価 |
3.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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とてもいい校風の大学です。昭和の頃の文化が残っている感じがします。私もサッカーをやっていたからよくわかります。ところで、この大学の敷地内に、都道43号線の道路建設予定地が南北に通っています。この大学の南側にある「矢川団地」から、さらに南にある都道256号線「甲州街道」までの建設が近近か始まります。都道43号線は「立川 東大和(ひがしやまと)線」であり、立川と東大和とを結ぶ幹線道路ですが、立川から国立(くにたち)の方にも余計に伸びてきています。立川駅周辺の南北交通路が不十分なため、渋滞だらけなので、この付近を迂回して、甲州街道などに接続させる方針です。甲州街道と接続する「矢川3丁目交差点」は、現在T字路ですが、ここが将来は十字路になります。ここで、都道20号線と直線的につながり、都道20号線 四谷大橋(多摩川に架かる橋)方面、都道20号線 野猿街道(やえんかいどう:多摩川以南。)方面及び、国道20号線の日野バイパス 国立府中インター、石田大橋以南 日野 八王子方面へも直行できるようになります。最後までネックになるのが、ここの「東京女子体育大学」の道路建設問題だと思われます。_______________________________________________ちなみに、東京女子体育大学の学生さんに「モンブランコーチャー」って何ですか?と訊かれたので 写真をあげておきます。現在の40代以上の元サッカーをやっていた人なら、ほぼすべての人が、少なくとも一度は履いたことがあるはずです。当時は、サッカースパイクと普通の運動靴との中間的なサッカー用トレーニングシューズがなく、「裏が滑らず」、「値段が破格に安い(中学生、高校生の財布の事情は非常に厳しかったから)」という点から、「モンブランコーチャー」を、ほぼすべてのサッカー選手が、練習や移動の時などに履いていました。「モンブランコーチャー」は、ひもの通る部分とフロントアッパーの中央部分、後ろのヒールの部分だけスエード(起毛の皮)でできており、ほかの部分はキャンバス(布)製でした(値段の数百円高い方(写真の青ラインや紫ラインの靴。)は、フロントアッパーの両サイドの部分もスエード製。)。全体的に安い造りで、消耗も早かったですが、靴の脇に穴が開いたぐらいなら、ガムテープや接着剤などで補強して 履けなくなるまで履きました。当時の「サッカースパイク」は高価だったので、「試合専用」といった感じでした。モンブラン社は、その晩年の頃には、サッカースパイクやスポーツウエアー等もつくるようになった、神戸の気鋭のスポーツシューズメーカーでしたが、1995年1月の阪神淡路大震災で工場が倒壊し 無くなってしまいました。