承知川が見守る高台の神社。
武居恵比須社の特徴
古い神様である恵美酒と深い関係があります。
諏訪湖を一望できる高台斜面に位置しているのが特徴です。
武居恵比須神社は承知川の河岸段丘の上に立地しています。
本来は、恵美酒といい、恵比寿様とは関係はないかなり古い神様であるという事。また、諏訪入りした建御名方命に対し、洩矢(明神)とこの武居恵美酒が連合して戦ったと言い伝えなどがあるようです。下社秋宮の駐車場に車を停め、坂道を登ること10分程度で到着します。この神社は秋宮ではなく、諏訪湖の方面、正しくは諏訪大社上社よりも八ヶ岳側を望むように建てられている事を知り、実際にそうした視点で眺めてみました。
武居恵比須神社は承知川の河岸段丘の上にあって、諏訪湖を展望する高台斜面にあります。古くからの下諏訪市街には小さな神社が多いのです。やはり中世に大祝金刺家の城下町だったために、集住する家門や町衆の信仰を集める施設を数多く造ったからでしょうか。武居恵比須の本殿の四囲には、諏訪社の摂末社として扱われているので、御柱が立てられています。本来の下諏訪の都邑集落は、尾根の裾から中腹の斜面を通る鎌倉街道と旧甲州街道のあいだの斜面に建設されたように見えます。諏訪湖の北東岸の断層崖はさらに山岳から流れ下る渓流によって浸食されて、川の流れに沿った段丘や扇状地がつくられました。こうしてできた狭い傾斜地に、家屋が密集した集落が形成されました。そしてひときわ高く、湖や集落全体を見おろせるような段丘高台には恵比須神社が建立され、そして各集落の脇に一族マキが祀る「氏神」として稲荷社などの祠が設けられてきたようです。
| 名前 |
武居恵比須社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
江戸時代以降、下社神職の五官祝(ごかんほおり)は「武居祝・禰宜大夫・権祝・擬祝・副祝」と呼ばれていたそうです。永正十五年(1518) 諏訪氏との戦いに敗れ、大祝 金刺氏滅亡の後は、大祝を置かず「武居祝」がその任に携わったそうです。