鈎の陣跡を歩こう、歴史との出会い。
永正寺の特徴
足利義尚が構えた『鈎の陣』跡地に位置しています。
普通のお寺ですが、歴史を感じる空間があります。
静かな環境でリラックスできる場所です。
国道を越えたところにある鈎の陣ゆかりの石碑からこちらまで歩いてみました。お寺ですし、中に入ってよいかどうかも憚られました。周囲は古くからの集落のようです。この一体に2万人もの人が駐屯していたのかと思いを馳せるのにはいいかもしれません。(この場所の画像ではないのですが、栗東市役所1Fに飾られていた足利義尚将軍 騎馬行列を模した鎧と添え書きの画像を参考に添付させていただきます。展示場所は別の場所ですが、この地についての情報としてはこちらもふさわしいと思いますので。)
足利義尚が構えた『鈎の陣』跡だと書いていました。それにしては、普通のお寺です。門の前に土塁らしきものが残っています。歴史に想いを馳せるには、良い所です。若くして亡くなった征夷大将軍、一時、いろいろな要人が訪れたんでしょうね。道は狭く、自動車は通行しにくいですが、入って来たらUターンはできそうです。
普通のお寺です。観光化された寺院ではありません。
| 名前 |
永正寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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鈎の陣の史料は、『後法興院記』「昨日、甲賀の諸勢、開陣の處へ、牢人数千蜂起し、頗難儀に及ぶと云々」や、『甲賀二十一家先祖書』の「甲賀二十一家之由来」にある「六角高賴朝臣、甲賀之城主等を以て、先手として夜討也。此合戦に甲賀土武者五十三人の内、二十一人軍功著によりて、世に之を二十一家という」が原典のようです。鈎の陣は忍者の登場という文脈で語られることが多いのですが、これらの史料からは、忍者というより、「甲賀の中世城郭の兵士が、同様の土塁で囲まれた城郭を攻めた」と理解するのが、実際のところではないでしょうか。実際残っている永正寺の土塁は伊賀甲賀によくある方形のもので、その攻撃は甲賀の地侍にとってはお手の物だったのかも。