大間国生神社で神秘的な歴史を体感。
大間国生神社の特徴
豊受大神宮の摂社として歴史深い神社です。
御祭神は国土生成の神二柱を祀っています。
町中に位置する小さな神社で親しみやすいです。
駐車場はないので、ご注意ください。
豊受大神宮(外宮)摂社序列第2位おおまくなり神社延喜式神名帖伊勢國度會郡五十八座の一つ板垣の中にある2社のうち、右の大間社は大若子命(おおわくごのみこと)を祀り、左の国生社は乙若子命(おとわくごのみこと)を祀っているそうです。両柱とも伊勢の国造であった天日別命(あめのひわけのみこと)の子孫で皇大神宮の鎮座に功績があり、この辺りを開拓された神だそうです。同じ敷地に草奈伎(くさなぎ)神社も鎮座しています。
御祭神:東側の大間社に大若子命/西側の国生社に乙若子命倭姫命世記という書物によれば、倭姫命が雄略天皇21年丁巳冬10月(ユリウス暦:477年10月-11月)に定めた神社であると伝えられています。延暦23年(804)成立の止由氣儀式帳にも当社の記載がありますので、延暦23年以前には既に鎮座していたようです。当社は豊受大神宮(外宮)摂社です。拝:2020/08/07伊勢神宮125社(82/125)
豊受大神宮(外宮)の摂社。先月お参りした際には、遷宮も終えており、真新しい社殿でした。
豊受大神宮摂社の大間国生神社(おおまくなりじんじゃ) の御祭神は、大若子命(おおわかこのみこと)乙若子命(おとわかこのみこと)で、この地方の国土生成の神二柱。皇大神宮ご鎮座に大功があった神々で、度会氏の祖である。御垣内の向かって右が大間社(祭神・大若子命)で、左が国生社(祭神・乙若子命)といわれています。
草奈伎神社の隣に有って遷宮は同じですが板囲いが隙間が少し開けて有るのが違うそうです。
町中の小さな神社です。
大間社と國生社の通称。かつて伊勢神宮外宮の場所に鎮座し、伊勢の古代豪族を祀る。神社前は旧伊勢街道にあたり、目隠しに石の蕃塀が建てられている。
| 名前 |
大間国生神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
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大間国生神社(おおまくなりじんじゃ)。三重県伊勢市常磐。式内社(小)、豊受大神宮摂社。外宮の摂社16社のうち第2位。主祭神:大若子命(おおわかこのみこと、おおわくごのみこと、大幡主命)と乙若子命(おとわかこのみこと、おとわくごのみこと)の兄弟。両神とも京都市にある梅宮大社の祭神と同じであるとされる。大若子命は鳥羽市沖の答志島・和具の古墳に、乙若子命は志摩市志摩町和具の古墳にも葬られていると伝承されている。資料によると、式内社・大間國生神社に比定されている古社。『倭姫命世記』 によれば倭姫命が雄略天皇21年丁巳冬10月(477年10月 - 11月)に定めた神社であるとされ、社名・大間国生神社は、「大間社」と記す古書もある。草奈伎神社同様、正保二年に現在地に再興され、寛文三年摂社再興の折に、再度復興された。とあります。