大正15年の美しい太田橋。
太田橋の特徴
太田橋は大正15年に完成した青い橋です。
中山道の太田宿と御嵩宿を結ぶ歴史的な橋です。
ダムの下流に位置し、桜が綺麗な景観を楽しめます。
車で通り過ぎる事はあってもなかなか歩いて橋のそばまで来ることは無いので、渡し場跡があるせいもありじっくりと橋の近辺を見てきました🎵橋の面構えやアーチの感じも趣があって、さすが土木遺産の1つになるだけありますね🎵
2025年8月下旬平日夕方。まだまだ夕方でも暑いですが散歩がてら立ち寄ってみました。暑すぎなのか藪蚊はいませんでした。2025年4月上旬平日早朝。そろそろ桜の季節、ちょっと立ち寄ってみました。
『2025年秋』11月末に再訪。太田橋の上からの眺めはやはり素晴らしいです。また、太田橋自体がレトロチックなカッコいい橋なので離れた場所から太田橋そのものを眺めるのも圧巻。改めてこの一帯の素晴らしいロケーションを再認識させて頂きました。『2025年夏』JR太多線の美濃川合駅で降りて目の前の今渡ダムを見て徒歩散策。そのまま新太田橋〜太田橋〜太田宿〜JR美濃太田駅と歩きました。結構な距離で疲れますが、非常に見所の多いエリアなので楽しいです。さて、此方の太田橋はかつて中山道三大難所と呼ばれた『太田の渡し』を一気に解決した画期的な橋です。歴史的にも貴重な建築物らしく日本の土木遺産に認定されているとか。なるほど確かに無骨な力強さと、何処か懐かしさを感じさせるレトロチックな情緒を醸し出しております。また、青色の橋が木曽川の風景に良くマッチしていると思います。隣に見える『新太田橋』と共に、この辺りの木曽川を渡る重要な橋として際立つ存在感です。
太田橋は、中山道の太田宿と御嵩宿をつなぐ難所のひとつに数えられていた木曽川太田の渡し跡に、大正15年、国道21号の太田橋として架けられ、その後国道248号として岐阜県に管理が移り、平成21年4月から市道御門今渡線として美濃加茂市が管理をしています。太田橋は、3径間の橋長218m、幅員6.4mの下路単純ワーレントラスの鋼橋で、地域の発展と交通の要衝として大変重要な役割を担ってきました。しかし、交通量の増大と老朽化に伴い、上流側に新太田橋が架設され、主役の座を明け渡した後も、補修を繰り返しながら今尚現役で活躍しており、水面に美しい姿を映しています。
太田橋ができる前、太田の渡しがある時代は、江戸時代に中山道が木曽川を渡る場所に橋梁はなく、太田側の渡船場と今渡側の渡船場を結ぶ渡し船を利用する必要があって、この渡しは「木曽の桟(かけはし) 太田の渡し 碓氷峠がなくばよい」と謳われ、「中山道三大難所」の一つとされたほどの難所である。明治時代にはワイヤーを用いた岡田式渡船による渡し舟が運航された。1926年(大正15年)の太田橋完成後、翌1927年に太田の渡しは廃止されましたよ。太田橋はワーレントラス橋で、車道橋は岐阜県初の近代的道路鋼橋であり、土木学会選奨土木遺産に選定されていますよ。
土木学会選奨土木遺産!2024年1月下旬に利用しました。歴史の古い橋で大正14年に着工し、15年に完成するも開通は1926年(昭和2年)→大正天皇崩御のために延期されていた。→江戸時代から橋の開通まですぐ近くで太田渡しの渡船場ありなお側道橋(歩道)の開通は2008年→同時にもとの橋の耐震補強工事が完成見ていて美しい橋です。
桜が綺麗ですね。リバポに駐車して木曽川沿いを散策出来ます。
ダムの下流にあり、今渡と太田の渡しが有った所にある橋です。以前、日本ライン下り(現在は運行してない)の始点になっていた所ですかね?美濃加茂市側にグランピング施設かな?が在り、チャーター船?が来て、ライン下りしているみたいでしたよ?
星降る町に住んでる。
| 名前 |
太田橋 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0574-25-2111 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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土木学会推奨土木遺産に認定されている太田橋。普段何気なく通っていましたが、竣工は大正15年(1926年)と長い歴史をもちます。土木遺産に認定されたのは平成23年。中濃大橋、新太田橋に挟まれる形で堂々と現存しています。