静かな景色に包まれた水祖神社。
水祖(みおや)神社の特徴
清々しい景色に恵まれた静かな神社です。
平安時代の延喜式神名帳に記載された神社です。
拝殿は大きく、隠岐プラザホテルの近くに位置しています。
水祖神社(みおやじんじゃ)。島根県隠岐郡隠岐の島町港町天神原。式内社(小)、旧郷社。【祭神】水祖神 (合祀)菅原道真資料によると、創建年代は不詳。社殿後背の裏山は古墳であるとも伝える。『隠州神名帳』にも「従四位 水祖明神」の記載が見える。御祭神は水祖神であるが、罔象女神とされるのが一般的。ただ、当社では、古来要衝だった隠岐に来た中央高官で、帰京することなく生涯を終えた者たちを、海岸の丸いきれいな石を積上げ慰霊したのが始源としている。戦国時代の元亀3年(1572年)ごろか、尼子家忠臣 山中鹿之助幸盛が隠岐国府尾城主 佐々木為清に援軍を求めて来島した際、主家尼子家再興を祈願に、当社へ参詣したと伝えられる。また、戦国時代までには、菅原道真を祀る天満宮と認識されていた。現在も「天神さん」と通称されている。昔、中條地区八尾川上流沿いの小さな祠に道真を祀った天神社があり、ある年の大水で その祠が当社境内まで流出、合祀したという。当社の森の裾野は満潮時には浅瀬となり、潮が引くと陸地になるので、その有様を水の原(みのはら)と呼び、「みのはらの天神」と呼ばれたという。戦国時代の天文22年(1554年)の棟札では「天満大自在天神」とあるほか、江戸時代の正保3年(1646年)・寛文10年(1670年)の棟札でも天満天神を祀る社とある。その後、幕末の『隠岐古記集』に「郷祖神社」とあり、明治維新後に現社号に改称、明治5年(1872年)、郷社に列した。なお、隠岐の島町八田榎原にも同名の神社があり、当社の元宮であるとの伝承があり、時に式内論社となる場合もある。とあります。
仕事先で見つけた神社にお参りしました鳥居の横に手水鉢がありましたが水は出ていませんでした階段上がった先に拝殿と賽銭箱があり、そこでお参りしました平日昼間ということで人気もなくひっそりしてました地元の氏神様のような感じに思えますパッと見、神社専用の駐車場はなさそうでした。
とても厳かで清々しい神社でした。😌🙏✨💝夜は灯りが点っています。延喜式神名帳に所載されている平安時代からの由緒ある神社です✨主祭神は水の神様(みつはのめのかみ)で、後に菅原道真もお祀りされているので天神さんとも呼ばれているとのこと。こま犬が初めて出会った感じがしてとても気になりました🥰隠岐プラザホテルの隣りにあります。隠岐に滞在中、何度もお参りさせて頂きました⛩👏😌💖ありがとうございます💖✨
一般的なミオヤ神社と異なり、この島の発展に貢献された朝廷の高官を祀るたために作られた社。
水を司る御祭神の神社に、天神さんが合祀されたようです。
創建1554年主祭神 ミズハノメミコトスガワラノミチザネ八尾川の橋を渡り左手にあります。
静かで落ち着く場所です。
いい景色❣️
どなたもいらっしゃいませんでしたが、清々しくて落ち着く神社です。西郷港フェリーターミナルからもそう遠くはありません。
| 名前 |
水祖(みおや)神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=30664 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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2026年のゴールデンウイークに隠岐の島に在住の娘に連れて来て貰い初めて訪れました。朝、旅館から西郷港へ散歩した帰りにこちらの神社を見かけ立ち寄りました。歴史を感じるような風情の良い神社でした。(手洗い場所は水が止まっていました)