松江城近く、明治の洋館。
興雲閣の特徴
忘れがたい松江城隣接の洋館、明治期の歴史が息づいています。
無料開放の興雲閣、ゆっくり見学するのに最適です。
入口すぐのカフェで、心地よい時間を過ごすことができます。
松江市が松江市工芸品陳列所として建てた建物です。明治35年(1902)12月に着工し、翌36年(1903)9月に完成しました。明治天皇の行在所に使用する目的で造られたため、装飾・彫刻を多く用いた華麗な 仕上げとなっています。結果的には天皇の巡幸は実現しませんでしたが、 明治40年(1907)皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の山陰道行啓にあたって御旅館となり迎賓館としての役割を果たしました。島根県指定有形文化財で歴史を感じる建物で入館料無料なので是非立ち寄ってほしいですね。
函館の歴史的建造物(旧函館区公会堂など)を思い起こさせる佇まい😃無料もありがたいです!松江城観光のあとにカフェもありゆっくりできます。
興雲閣は、島根県松江市の松江城山公園内に建つ洋風建築で、明治36年(1903年)に建てられました。もともとは明治天皇の行幸時の御休憩所として建設された建物で、和洋折衷の意匠が特徴です。白い外壁と赤い屋根が印象的で、内部にはシャンデリアや暖炉など、当時の洋風建築の雰囲気が色濃く残されています。国の重要文化財にも指定されており、明治期の近代建築を代表する建物の一つです。現在は一般公開され、展示や休憩スペースとして利用されており、松江城天守とあわせて訪れることで、城下町松江の近代化の歩みを感じることができます。
このお城の二の丸に存在する異質な洋館⛪️爺としてはこの不均衡(アンバランス?と言ったら良いのか?)は好きな風景であった⛑️完璧な和である筈の空間に唐突に洋⛑️新鮮な驚きである⛑️当初、明治天皇の行在所(『あんざいしょと読む』とは、天皇が外出(行幸)される際に滞在する仮の御所の事)に使用する目的でつくられたらしいが⛑️実現はしなかったが成程其れならば納得の外観と創りである⛑️昔の写真を終活の一環として断捨離してたら発掘され再度感激 これをお伝えしたく公園とは分離してアップしました⛑️アレッ写真はどこだ.........⛑️あった。
興雲閣(こううんかく:島根県指定有形文化財)は、松江駅の北西1.9kmほどの松江市殿町の松江城二ノ丸に建つ明治建築の洋館です。開館時間8時30分~18時で、入場無料です。明治36年(1903年)松江市が松江市工芸品陳列所として建てた島根県内に残る数少ない明治建築です。当初、明治天皇の行在所に使用する目的でつくられたため、装飾・彫刻を多く用いた華麗な仕上げとなっています。結果的には天皇の巡幸は実現しませんでしたが、明治40年(1907年)皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)のご宿泊所としても使用されました。明治45年(1912年)に正面の階段を奥に移動するなどの改修が行われ、松江市の公的な歓迎所として、また、各種の展覧会場、会合に使用されました。正面には車寄せがあり、周囲を豊かな装飾で飾る柱を配した優美な造りです。昭和に入り戦時色が濃くなると松江地方海軍人事部庁舎、大日本防空協会島根県支部庁舎、終戦後の混乱で島根県庁が焼けた後は県庁仮分室、松江市教育委員会事務局庁舎などに転用されました。昭和48年(1973年)から『松江郷土館』として郷土の歴史・民俗資料などが展示されました。平成23年(2011年)に閉館し、階段室を移設し て現在の形態となった明治45年に復原するとともに、建物そのものの持つ歴史と魅力を生かした新たな活用のため、平成25年度から平成27年 度にかけて保存修理工事を行いました。
2025年7月21日 訪問屋根瓦の洋館、貴賓室は畳にカーテン。貴賓室大正天皇が皇太子時代にご宿泊されたそうです。地方にも少しずつ洋風文化が浸透していく過程を゙みる貴重な建造物ですね。
明治時代に建てられた木造の洋館。ちょっと国宝の松本城とアンバランスですが、建てられた経緯を知ると納得といったところです。入場料は無料で、1階のカフェ「亀山田喫茶室」でドリンクとスイーツをいただけます。ちょっとタイムスリップした気分が味わえます。
Kounkaku was built by Matsue City as the Matsue City Crafts Exhibition Hall. Construction began in December 1902 and was completed the following September 1903. It was originally intended to be used as a temporary residence for Emperor Meiji, and is finished in an ornate style with many ornaments and carvings. Although the emperor's tour did not ultimately take place here, in 1907, Crown Prince Yoshihito (later Emperor Taisho) toured the San'in region, and the building was used as an inn and guesthouse from May 22nd to 25th of that year.興雲閣は、松江市が松江市工芸品陳列所として建てた建物です。明治35年(1902)12月に着工し、翌36年(1903)9月に完成しました。 当初、明治天皇の行在所に使用する目的でつくられたため、装飾・彫刻を多く用いた華麗な 仕上げとなっています。結果的には天皇の巡幸は実現しませんでしたが、 明治40年(1907)、皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の山陰道行啓にあたって、同年5月22日から25日まで御旅館となり、迎賓館としての役割を果たしました。
松江城の南に建つ洋風建築。城の雰囲気と比べると違和感がある建物ですが、ここは明治以降に松江市工芸品陳列所として建てられたとのこと。以前は松江郷土館として使われた時期もあったようですが、現在は明治期の姿に復元され、無料で公開されています。その優美な外観もさることながら、二階の大広間とその奥の貴顕室がひときわ目を引きます。かつてはここで賓客を迎えて晩さん会なども開かれていたのでしょうか。一階にはカフェもあります。
| 名前 |
興雲閣 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0852-61-2100 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 8:30~18:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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松江城の帰り道 急いでいたので中には入ってませんが 此方は大層立派ではありますが アメリカの西部開拓時代の西部劇に出て来そうな外観の構え これにウエスタンドアなんか付ければ最高後々 気になっていたので調べて見ますと皆さんがおっしゃってますように 明治天皇の行在所としての目的が日露戦争勃発により実現せず 後の大正天皇の迎賓館の役目を果たしその後 歓迎所 展覧会場 郷土館を経て現代に至るそうです明治に入り長崎 神戸 横浜等に建てられた居留地をモデルとし イギリス ドイツ アメリカ様式の中から日本人の職人でも再現しやすい木造建築 リアルタイムトレンドのアメリカ 西部開拓の建物が採用され 和洋折衷 擬洋風建築とし内部にはヨーロピアン調が ふんだんに取り入れられた仕上げとなっているそうです完成 明治36年(1903)