四万十の五社で神秘体験!
高岡神社 中ノ宮の特徴
約1500年前に創建された歴史深い神社です。
空海が分社し、多神を祀る珍しい形態です。
連続する鳥居と五社が美しい景観を作ります。
およそ1500年前の大和時代に辺り一帯を治めていた豪族の守り神として創建、その後平安時代にこの地を訪れた空海が5つに分社しそれぞれに神様を祀った。地元では「五社さん」と呼ばれる。と説明書きにありました。いきなり歴史的なものが出てきたのもさる事ながら、1500年もの間守り続けてきた地元の方々、それを包み込む四国という土地に改めて感銘を受けました。
88箇所のお遍路をしているのであればぜひお立ち寄り下さい。
今年、新しいパワースポットに推します。
五社様の秋の大祭の流鏑馬、最後に餅投げがある。
高岡神社たかおかじんじゃ高知県高岡郡四万十町仕出原100祭神大日本根子彦太迩尊(東大宮)磯城細姫命(今大神宮)大山祇命・吉備彦狭嶋命(中ノ宮)伊予二名洲小千命(今宮)伊予天狭貫尊(森ノ宮)県道沿いに5神社が並んでいます大日本根子彦太迩尊(東大宮)=孝霊天皇磯城細姫命=孝霊天皇の皇后※ 孝霊天皇は欠史時代の天皇で実在は疑われていますあと大山祇、四国の神が祀られています何れにしても珍しい形態の神社です。
国道381号線を大正から窪川へ走る途中、ローソンの手前の細い道を入り、集落の中を進んだ左手にいくつもの鳥居が連続して現れます。どこにでもある風景ではないのに、あまり知られていなくてもったいない❕自分も岩本寺でお寺の歴史を読まなかったら、今も知らずにいたかも知れません💦
小さいけど雰囲気はいい。
年始のお昼頃に参拝しました。杉など大きな木や苔も多く空気が澄んでいるので気持ちよかったです。
窪川の町から2㎞ほどはなれたところで四万十川を渡ると、東の山に社が五つ並んでいます。これが五社です。現在、社務所のあるところが中宮です。ここに別当寺の福円満寺の寺地が残っています。福円満寺は五社の別当で近世以前は四国88ヶ所札所の37番は、ここにありました。「四国辺路日記』は「新田の五社は南に向い、横に並びて四社立給う。(中略) ここに札を納め、読経念仏して、又川を渡って、また窪川に帰り宿をとる」とあって、「五社に札を納め」とあり、岩本寺のことには触れていません。この資料からもこのころは福円満寺で納経を受けていたことが分かります。 ここに祭られる仁井田明神は、伊予の名族越智氏の祖先だと伝えられ、非常に重んじられたお宮でした。その五社を仁井田五人士とも五人衆ともいわれる五家がまつってきました。それぞれ五軒の持ち役があったようです。そういうことで、仁井田の五社は由緒の非常に深い、このあたりきっての大社であったということがわかります。現在はこの村の氏神にすぎなくなっていますが、かつてはこの辺きっての大きな祭が行われて、これをオスナ祭といっています。
| 名前 |
高岡神社 中ノ宮 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0880-22-3652 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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五つの神社をまとめて高岡神社と呼んで、通称"五社"とされる四万十町の四万十川北岸沿いに並び建っている、正式名称を"仁井田明神"と言われている神社群のうちの一つ、中ノ宮。この五つの神社の歴史は仏教伝来のやや前に遡り、西暦500年代にはこの地の豪族によって祀られたと言われています。この中ノ宮のほかに、東大宮(一の宮)、今大神宮(二の宮)、今宮(四の宮)、森ノ宮(五の宮)と五つあって、どれも県道に面してまるで商店街のように整列して並んでいまして、その中でも規模的に中心的なレイアウトを整えているのが、この中ノ宮と呼ばれているお社です。どこも祭礼時以外は人影もなく、町の中心部である窪川駅からも距離があるため、閑散とした木立の中に佇んでいます。閑散とはしているものの、中ノ宮の近くには広い駐車場が設けられており、祭礼時には多くの崇敬者が集い寄るところでもあります。土讃線窪川駅から歩いて向かうには少々距離があり、町外れまで歩いて、低めの峠を一つ越え、その名も五社大橋で四万十川を越えた正面にあります。駅から約30分程度です。クルマで向かうかたは、四国横断自動車道の四万十中央ICを「宇和島・四万十市」方向に降りたらR56を進んですぐに平串橋バス停(ローソンの先の交差点)を右折するんですが、その先に土讃線のガードがあって、これの高さが2メートルなので、車高の低いクルマだけが通れます。あとは、そのまま進めば四万十川べりに出ますので、五社大橋で右折すれば着きます。車高の高いクルマは、R56をそのまま進んで、根元原の信号で右に分岐、町内に入って学園通りを右折して、峠道から五社大橋に出られます。