明延鉱山の壮大な歴史を見渡せ!
旧明延鉱山 中心地跡の特徴
明延鉱山は日本一の鉱量を誇るスズ鉱山の跡地です。
選鉱場やケーブルカー跡が見える貴重なスポットです。
道路からその全体の大きさを感じることができます。
明延鉱山の中心地になっている。しかし現在では目線の高さにあるものは坑道らしきものの穴の塞がれたものと、砂利の場所だけ。道の脇に踏切があったりするのは面白いが、わざわざ行くものかというと微妙。明延鉱山を勉強してから行けば少しは感慨深いものになると思われる。道中は短いが狭路で、さらに目的地にもスペースがないため車の切り替えしに難がある。道をさらに100mぐらい進むと若干広めのスペースがあるのでそこがいいのかな。
2025年5月に訪問。鉱山は閉山されておりますが、道路から様子が良く見えました。かつては賑やかだったと思われるものの、往時の賑やかさは微塵もなく、感傷的になってしまった。
奈良 東大寺の大仏はこちらの銅が使われたとか・・・明治以降は「錫」がメインになったそうです。昭和30年代に全盛期を迎え昭和62年の閉山になる。
本当はこの上にある高台に当時の繁栄地区? 鉱山の最前線基地があったのでしょうが・・今は立ち入り禁止で上からも下からも出入り禁止になってます。おがわに流れの水量も多くて当時は川遊びができたのかな・・なんて流れを見ながら考えてました。鉱山とテニスコートがどうしても結びつかない私です?
立ち入り禁止ですが、選鉱場を中心とした全体の規模が見渡せます。インクラインやトロッコ軌道、踏切などが残っています。
2024/10/21明延鉱山で産出する鉱物の粉砕などが行われた場で現状立ち入り禁止になっていて遠くから眺めるだけです。この中心地ってネーミングでかつての市街地の中心地かと勘違いしてしまった。立入禁止の先の平面部建物は解体され更地になってますが斜面上がった上部には建物が残っているようでどの建物が残ってるかは判別不能。案内看板には記載されてないがこの地の西側にこの鉱山の坑道がありそこで採掘された鉱石がトロッコでここに運ばれ(線路と踏切残ってる)、斜面に見えるレール(インクライン)で上層部に運ばれ鉱物が砕かれ東にある神子畑選鉱場に一円電車で人と一緒か別々の列車なのか不明ですが運搬される流れだと推測します。立入禁止の真っ正面に見える鉄格子のある坑道っぽいのが何なのか謎でした。ちなみに神子畑選鉱場も行きました。こちらも立入禁止ですが巨大構造物の朽ち果てていく姿がみれてお薦めです。
明延鉱山は、スズ・銅・亜鉛・タングステンなどの多品種非鉄金属鉱脈を持ち、スズは日本一の鉱量を誇った鉱山であったと云われています。明延鉱山の鉱石は、神子畑選鉱所に運ばれて選り分けられ、生野銀山併設の生野製錬所へ運ばれていたようです。明延鉱山と神子畑選鉱所を結ぶ鉱山列車である明神電車は、乗車賃一円で乗客を乗せたので、一円電車と呼ばれて今した。明延鉱山は、プラザ合意後の円高によるスズ等の市況の下落のため、まだ採掘可能な鉱脈を残しながらも、1987年(昭和62年)3月をもって閉山しました。明延鉱山の閉山に伴い、神子畑選鉱所も閉鎖となりました。閉山が昭和62年で30年程前ということで、近年まで採掘が行われていた鉱山です。見学には予約が必要です。
細い道を通るとたどり着く中心地この場所を確認しないと意味がない。しかし、行き止まりたのため車でユータンは難儀します。上の方に建物がみれるけれど、昇ることができないので、視認のみです。
ここが当時の中心地!今は何も無く立入禁止区域です。ひっそりと哀愁を感じます。入口前に当時の線路が残されています。急傾斜地にインクラインの軌道が見えます。この上部に大仙選鉱場や明神電車の発着場が存在したそうです。上部を見てみたいですね。道路脇には、警告機が立っています。当時の栄枯盛衰を見守り続けた時代の残照です。鉱石がここから神子畑選鉱場に搬送されたのですね!
| 名前 |
旧明延鉱山 中心地跡 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.yabu.hyogo.jp/material/files/group/37/14207221.pdf |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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高台に建物の基礎部分が残っていますが、下から眺めるよりもドローンで撮影した方が壮大感を感じる事ができると思います。