戦争の記憶、佐田岬の砲台跡。
旧:豊予要塞 洞窟式砲台跡の特徴
戦争中の砲台レプリカが洞窟内にあり、歴史を感じさせる場所です。
佐田岬灯台の近くに位置し、アクセスも良好なスポットです。
洞窟は綺麗に整備されており、照明も完備されています。
2026.3.15佐田岬の突端に位置している。戦争に備えて作られたものらしいです。もちろん今のはレプリカです。穴掘って大砲担いで大変な思いして設置したんでしょうね。見に行くには佐田岬灯台に1番近い駐車場から約2km程のアップダウンがある道のりを行かなければなりません。気合い入れてみなさんも レッツゴー❗️
2026年2月21日 観光御籠島の砲台跡、階段を登りトンネルを少し歩くと到着します。大砲のレプリカが設置されており、当時の臨場感も味わえました。
レプリカ砲台がありました。運動不足の人は、行き帰りが辛い道のりになると思いますのでご注意を。
2025年4月訪問。洞窟の中に大砲のレプリカがあり御籠島展望所と併せて伊方町の新たな観光地になってました。伊方町この調子でがんばれ。
旧日本軍設置した砲台跡。坑道は整備されたものの、レプリカの大砲が置いてあり当時を偲ぶ事ができる。
豊予要塞とは(碑文)豊予海峡を挟む愛媛・大分両県沿岸には、戦時中に敵国艦隊の瀬戸内海侵入をふせぐために「豊予要塞」が建設されました。愛媛県側の佐田岬には、大正15年(1926)に「佐田岬第一砲台」、昭和2年(1927)に「佐田岬第二砲台」が完成します。しかしー度も実戦で使用されることなく、第一砲台は昭和19年(1944)、第二砲台は昭和9年に、火砲が撤去されました。しかし本土決戦が現実味を帯びてきた昭和20年(1945)、再びこの洞窟式砲台が整備されたのです。(第二砲台跡やそれに付随した「旧正野谷桟橋」(国登録有形文化財)は、現在も見学可能です)
洞窟式砲台にある「三八式十二糎榴弾砲」は、もともと日露戦争時に日本陸軍がドイツのクルップ社に発注したもので、豊予要塞の一部として鶴見崎丹賀砲台に配備され、後に佐田岬の洞窟式砲台に転用・改造強化されました。豊予要塞には計4門が配備されましたが、終戦までほとんど使用されることはありませんでした。平成28年5月、洞窟入口の掘削作業中にこの大砲の実物の一部(車輪など)が発見され、貴重な戦時資料として伊方町で保存が検討されています(現在非公開)。
2019年春、太平洋側の車旅で立ち寄る。レプリカとはいえ流石にこんな砲台ではどうにもならんやろということを感じさせてくれた。
豊予海峡を防衛するため、かつて設置されていた豊予要塞の一角にあたる砲台跡。この場所には旧日本陸軍の三八式12cm榴弾砲(レプリカ)が、コンクリート製の半地下式砲室(穹窖式)内に設置されており、当時の構造を肌で感じられます。砲室内部は現在でもしっかり形を保っており、弾薬搬入通路や砲架用レール跡のような構造も一部確認可能。この空間に立つと、「実際にここで砲が構えられていたのか」という実感が湧き、単なる展示以上の臨場感があります。灯台観光のついでに寄れる立地ながら、歴史的遺構としての価値は高く、現存状態も良好。配備は昭和初期〜終戦まで(佐田岬第2・第3砲台と推定)フォトスポットとしても魅力的(砲身越しの海が特に映える)歴史ファン・軍事遺構ファンなら、佐田岬灯台とセットで必訪の小規模戦跡。「観光地の中に隠れた実物遺構」という意味でも、かなり貴重なポイントです。
| 名前 |
旧:豊予要塞 洞窟式砲台跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0894-38-2657 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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愛媛県佐田岬半島の先端、御籠島に残る「旧・豊予要塞 洞窟式砲台跡」は、太平洋戦争末期の戦争遺構を今に伝える貴重な場所です。豊予海峡は愛媛県の佐田岬と大分県の佐賀関の間に位置し、瀬戸内海へ通じる重要な海上交通路だったことから、旧日本陸軍は大正期からこの海峡を防衛するため「豊予要塞」を整備しました。佐田岬側だけでなく、大分県側の佐賀関や鶴見半島などにも砲台が築かれ、豊後水道への敵艦船の侵入に備えていました。現在見学できる御籠島の洞窟式砲台は、要塞整備の初期に造られた露天式の砲台とは異なり、昭和20年(1945年)、終戦を目前にして本土決戦に備えるため急造されたものです。岩盤を掘り込んで造られた洞窟内部には砲座が設けられ、発砲時の衝撃に耐えるためコンクリートや補強材によって頑丈に造られていました。ここには「三八式十二糎榴弾砲」2門が配備されていたとされ、現在はそのレプリカを見ることができます。洞窟の中へ進むと、薄暗い地下施設と岩盤むき出しの部分が残っており、当時の軍事施設がどのような環境に造られていたのかを体感できます。洞窟を抜けた先では豊予海峡の雄大な景色を望むことができ、戦争遺構と美しい自然を同時に見ることができるのも、この場所ならではの魅力です。佐田岬灯台と合わせて訪れると、当時この場所がなぜ軍事上重要だったのかも実感できます。実戦で大きな戦闘に使用されることなく終戦を迎えた砲台ですが、コンクリートの砲門や洞窟、砲台跡は現在も残されており、約80年前の戦争の歴史を静かに伝えています。単なる観光スポットとして見るだけでなく、平和な現在と戦時中の佐田岬を重ねながら見学すると、より深く歴史を感じられる場所です。