龍王崎古墳群、歴史に触れる!
龍王崎古墳群の特徴
古代に於いて有明海に突き出た岬に位置する古墳群です。
五世紀半ばから六世紀前半にかけて築造された円墳の群集墳です。
国道沿いには10台停められる広い駐車場も完備されています。
5世紀後半〜6世紀代、海童神社一帯に築かれた横穴式石室を持つ14〜17mの円墳が主体の群集墳です。元は20基以上あったようですが、現在は1〜6号墳まで調査・保存されています。1〜3・5号墳は露出した石室を確認でき、4号墳は鳥居側道に標識が立てられてますが藪に覆われ原型は不明です。かき分けると石材?は確認できました。6号墳は別格で覆屋にある雨戸を開けばガラス越しに見事な石室と左側袖石の家型線刻画が姿を現し古代のロマンを感じます。古墳の出土品は有明町ふれあい郷自有館に展示されているそうです。なお、神社横に古今の森公園として駐車場とトイレが完備されGoodです。目の前には直売所と有明うどんのお店がありますので、足を運んで帰るのもアリかと思いますw
グーグルナビで行く場合はご注意下さい。建築会社の急斜面の方へ誘導される場合が有ります。古墳を探す楽しみは味わえました。以下引用させて頂きました。名前龍王崎古墳群よみがなりゅうおうざきこふんぐん形群集墳都道府県佐賀所在地佐賀県杵島郡白石町大字深浦駐車スペースあり交通 - 徒歩JR長崎本線「肥前竜王駅」より徒歩又はタクシー利用交通 - 車長崎自動車道「武雄北方IC」降車円墳群集墳装飾古墳(線刻・浮彫)県指定史跡覆屋・保存管理施設公園横穴式石室鏡武器馬具装身具農工具・漁具紹介文海童神社の境内背後に分布する5世紀後半~6世紀代に築造された群集墳。発掘調査が行なわれた6基はいづれも横穴式石室をもつ直径14~17mの円墳で、6号墳の石室壁面には家屋とみられる文様が線刻されている。銅鏡や装身具(金銅製耳環・鉄環・勾玉・管玉・腕輪など)、武器、馬具、工具など出土した副葬品は1979(昭和54)年に県の重要文化財・考古資料に指定されている。県指定史跡、1977(昭和52)年指定。調査された古墳周辺は龍王崎古今の森公園として整備・保存されている。線刻壁画がある6号墳は覆屋で保護されており、ガラス越しに見学が出来るようになっている。
昔は海に面した岬だっだようで、徐福伝説のある地に約二十数基の古墳があったようです。そのうち6基が見学できるようになっています。1基を除いて天井石がなくなっており、わりと手入れされた感じの山なので、それ程草が深いわけでもありません。うち1基は装飾古墳のため覆い屋の中に保存されており、ガラス越しに見学できる(内部にも照明があるようです)ようになっていますが、偶々なのか結露してて全然見えませんでした。岬の一番高い場所に、さらに5階建ての展望台があります。登るとかなり高いのでビビりますが、佐賀平野を一望できます。
佐賀は楠の巨木や古墳が多いようです。大きな時の流れが感じられ感慨深いですね。
手軽に行ける古墳としてオススメです。ただし、6号墳への木道が一部朽ちているところがあり、園内からではなく、外周から単独で回った方が、まだ辿り着けると思います。今回は草が生い茂っており断念しました。足元に気を付けながら、森林浴も兼ねて歴史ロマンが感じられる散策が出来ました。
素晴らしい古墳群。手入れも良かったです。
古代に於いては有明海に突き出た岬だった丘の上にある古墳群。展望台もあり遥か遠くに多良岳、雲仙岳、天山が望めます。ここは恐らく当時は海上交通の要衝だったのでしょう。
五世紀半ばから六世紀前半にかけて築造されたとする円墳の群集墳である。現在見ることの出来る古墳は1号、2号、3号、5号、6号墳である。4号墳は名前だけで古墳の形態は確認できない。割石(板石)を積み上げた小口式から始まり巨石石室までの形態を時間の流れとして見ることが出来る古墳群ではなかろうか。また、それら周辺にも説明にあるように未発掘の古墳が集中しているのが見て取れる。付け加えて6号墳は家屋文様の線刻があるのだが、この集団は漁労、或は海運を生業としたと思えるので船かと思いきやである。恐らくは首長の館だったのかもしれないな。注意事項として散策路に枕木を利用しているので雨になると滑るし、朽ち果てたものもあるので足元には特に注意しないといけない。
駐車場が広い。
| 名前 |
龍王崎古墳群 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
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龍王崎古墳群(佐賀県指定史跡)は、JR肥前竜王駅の南1.9kmほどの佐賀県杵島郡白石町深浦にあり、龍王崎海童神社が鎮座しています。白岩山(標高340m)から延びた稜線の先端部にあり、ここはかつて、有明海に突き出た細長い半島の岬にあたる場所だと思われ、龍王崎(りゅうおうざき)という地名が残っています。龍王崎古墳群は、5世紀から6世紀にかけて建造された17基の円墳からなり、大陸・朝鮮半島文化の影響が見られるものが多く含まれており、重要な価値を持っています。墳丘の直径は14m〜17mで、横穴式石室でも早い時期に造られたと思われる割石積みの石室も見られます。6号墳の石室入口には家屋文様が線彫りされ、出土品には金銅製の矢筒金具、仿製七獣鏡、金銅製鈴、勾玉など大陸・朝鮮半島の文化の影響がを受けたものが多く含まれ、当時この地域で勢力のあった集団を示すものとして学術的にも大きな価値をもっています。線刻壁画がある6号墳は覆屋で保護されており、ガラス越しに見学が出来るようになっています。