大杉が見守る阿沼美神社。
阿沼美神社の特徴
地域に根付いた氏神様として親しまれる神社です。
地元の方々が頻繁に訪れる明神大社です。
愛媛県松山市平田町に位置する神聖な場所です。
境内へ向かう参道の入口に大杉が有ります。古より当地に有り、延喜式神名帖(平安時代)に伊予国温泉郡阿沼美神名神大とある社と言われています。また一説には、景行天皇やその息子日本武尊(ヤマトタケル)の皇子が居宅を構え、阿沼美の神を祀ってきた地に建てられたお社との伝聞が有ります。立派なお社です。なお同じ名前のお社は、市内味酒町にも有ります。
地域の方々がお参りされる神社です。境内もきれいにされています。
5町の氏神です。
明神大社(原文)明神大社。
| 名前 |
阿沼美神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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阿沼美神社(あぬみじんじゃ)。愛媛県松山市平田町。式内社(名神大)論社、旧郷社。主祭神:大山祇命、月読命、高龗神、雷神。資料によると、社伝によれば、当地は景行天皇の皇子で伊予御村別氏の祖である武国凝別命、日本武尊の子で伊予別君の祖である十城別王が居住した場所で、歴代の伊予別君が阿沼美神を祀っていたとされる。その後、河野氏が大山祇神を合祀して「阿沼美三島大明神」と改め、のち「阿沼美三島新宮」と称した。しかし、河野氏滅亡後は単に「三島新宮」と呼ばれるようになったという。天明2年(1782年)本殿より「阿沼美三島新宮」という棟札が見つかった。さらに天保4年(1833年)社前にある神橋の地下から、延文5年(1360年)のものとされる「阿沼美宮」と彫られた石額が掘り出された。そこで、翌天保5年(1834年)吉田家から式内社・阿沼美神社とする裁許を受け、社号を改めた(河野氏(かわのし)は、伊予国(愛媛県)の有力豪族で、越智氏の流れをくむとされる)。『延喜式神名帳』に「伊予国温泉郡 阿沼美神社」として名神大社に列する神社である。現在は味酒町と平田町に論社がある。温泉郡四座の中で唯一の大社であったが、早くに衰微し、その所在はわからなくなっていた。現在は味酒町と平田町に論社があるが、いずれも確証を欠いている。阿沼美の名の由来としては①.阿沼=葦津、美=姫 →鹿葦津姫(かあしつひめ)②.天鈿女命(あまのうずめのみこと)③.勝山と江戸山の間は大沼であり、明神の神詠に『阿那美クシ沼哉』とあったため④.アジミを熱水と解釈し、道後温泉のある当地方の神などの説がある。とあります。