570年の歴史、月山の神社。
勝日高守神社の特徴
月山富田城本丸最奥の神社で、歴史的価値が高い場所です。
標高の高い山頂に位置し、参拝するのが一つの冒険となります。
出雲風土記にも記載され、千数百年の歴史を持つ神社です。
月山富田城が築城されるはるか昔の570年に建立されたという歴史ある神社。歴代の月山富田城城主にも崇拝されていたという。
月山の頂上に、おはします。本丸との関係性は俄かには分かりかねますが、神社を前にすると歴史の重みを感じたりはします。
月山富田城跡に行って時にお参りしました。月山富田城より以前から存在したらしく、城として使われていた時代はどのようになっていたのか気になりますが。
月山富田城築城以前の西暦570年創建と伝わります。月山には山麓に里宮の勝日神社、山頂に奥宮の勝日高守神社がありました。里宮の勝日神社は大己貴命を祀り、奥宮の勝日高守神社は大國主命の幸魂神を祀ってました。平家の武将・藤原(平)景清が月山富田城を築城するのにあたり、合戦で神社に戦火がおよぶのを心配し、山麓の神社を奉遷することにしました。(藤原景清はあくまで伝説の築城者です)月山山頂から弓で矢を放つと、矢は麓の大きな松に刺さっており、そこに神社を遷すことにしました。それが現在の富田八幡宮であり、矢が当たった松が「矢中の松」として残っています(現在の松は五代目)。現在は里宮が富田八幡宮、奥宮がこちらの勝日高守神社ということになります。歴代の城主もこちらの神社を城の守り神として崇拝したそうです。
月山富田城本丸最奥にある神社。月山富田城が築かれる遥か以前からある神社だそうである。
💮月山富田城の本丸跡の近くに建てられていました‼️
山の上にある神社は、登らなければ参拝できないので、5割増し位のありがたみを感じます。
出雲風土記にも記載があり千数百年の歴史のある神社です。月山富田城が出来る前からこの神社は月山の頂上にあったことになる。神社入口にある石灯籠には猿が彫られているが猿の由来はよくわからないとのこと。またこの神社の氏子の家では犬を飼ってはいけないと言う言い伝えがあり(猿と犬?)、千年以上経った現在でもその言い伝えが守られていて犬は一匹も飼われていないそうです。
【比定社】加豆比乃高社(かづひのたかやしろ)【主祭神】大己貴幸魂神、月読見命【境内社】杵築神社【神 紋】五七の桐月山山頂の神社。鷺の湯温泉の近くにあります。勝日神社は古事記にその記載があり、当地で大國主命が思案していると、海中に光が現われ、国土経営を助けたと言われ、山頂に大國主命の幸魂神(さきたま,さちみたま,さきみたま)を山麓に大己貴命(おおなむちのみこと)を祀ったとされています。平家の武将藤原景清が出雲に入り月山に築城するにあたって、お社があっては恐れ多いと里宮をうつしたのが富田八幡宮です。その際に白羽の矢を放ち、中った場所を里宮の場所と定めた「矢中松(やたてまつ)の伝説」が残っています。現在、山頂の勝日高守神社は里宮に対して奥宮です。月山富田城の歴代城主の信仰が厚く、特に尼子氏はたいへん熱心でした。
| 名前 |
勝日高守神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0854-32-2654 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=932035 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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月山富田城ができる前から存在していたと言う神社なんですが、城の天守奥にあるので、城ができた跡は民衆はお参りできなかったのでは⁇